第5話 魔王
《魔王……。
言葉にするだけで畏怖の対象と受け取られ、全人類の敵と認識されるでしょう。
しかし、それが正しいのかは、対面したみなさんも知るところだと思います》
討伐するはずだった存在は女性。
それも見目麗しいことを除けば一般的な人間にしか見えなかったと、アレクたちは彼女を思い起こしていた。
だとしても、禍々しい魔力を溢れさせ、危機迫る気配を肌で感じながらも彼女を救いたいと本心から思えたのは、対峙した4人の中でもひとりだけだった。
だが3人のように感じ、討伐しようと行動に移そうと思ったことや、今にも襲い掛かろうかという状況下でアレクのような発想をすることのほうが難しいと、彼女は続けた。
《眼前の敵を
それでも私は、みなさんに知ってもらいたいのです。
……彼女がなぜ、魔王と呼ばれるようになったのかを……》
声のみが届く幻想世界で、彼らは物悲しい女神の姿が目に浮かんだ気がした。
そう思えたのは、彼女が深い悲しみの中にいると強く感じたからなのか。
明確な答えの出ないまま、アレクたちは女神の話を聞き入るように耳を傾けた。
事が起きたのは2年前。
そう言葉にすれば大して昔ではないと、ある人は言うかもしれない。
逆にもうそんなに前のことなのかと感じる人もいるかもしれない。
けれど、その対象となった女性にとって、それはあまりにも凄惨で残酷な日々のはじまりだったと記憶されている。
両親は惹かれるように出会い恋をして愛し合った、極々普通の人たちだった。
互いに夢を語り、将来を夢見て慎ましやかに生活しながら大切な命を授かった。
それはとても自然なこと。
何ひとつ異質なものなどない。
一般的で、ありふれた普通のこと。
生まれた我が子を何よりも大切に育てる両親。
愛され育った愛娘は、両親の幸せを心から願う。
ごくごく一般的で、とてもありふれた普通の家族だった。
けれど明らかに異質で異常な事態が、突如として彼女に襲いかかった。
当時、彼女は20歳になったばかりで、今から2年前のことになる。
激しい痛みが全身を駆け巡り、同時に漆黒の闇が噴き出すように溢れ出した。
両親から受け継いだ美しく魅力的なプラチナブロンドの髪は漆黒に変色し、押さえきれない強烈な負の感情が心を蝕むように彼女を侵食しながら、止めどなく湧き上がるどす黒い感情に普段の彼女であれば絶対に思うことのない破壊衝動が襲う。
動けず、声も出せず、ただただ必死に暴れ狂う力を押さえ込む。
溢れる感情を押し殺すように、外に出ようとする闇を強引にねじ伏せるように。
ようやく周囲へと意識を向けられるほど心が落ち着き始めたと自覚できた頃、彼女は王都中の騎士に取り囲まれていた。
手を出せずに様子を見守ることしかできなかった騎士たちに届いたのは、彼女にとって最悪の勅命だった。
魔力を封印する鎖に全身を繋がれた彼女は、北の果てにある古代の廃城に幽閉。
魔王を生んだ罪に問われた両親は、裁判も開かれることなく即日処刑された。
後日、女性を幽閉した騎士と、王都で彼女を取り押さえた騎士全員の口を封じた王は、口角を歪ませながら言葉にした。
『大陸北の魔王城に邪悪なる魔王が復活した。
直ちに勇者を呼び寄せ、これを討伐させよ』と。
理由など、王にとってはどうでもよかった。
タイミングよく力を暴発させた者がいた。
それもおぞましさを際立たせる漆黒の魔力を、王都内で。
たったそれだけのことで、王が利用するには十分すぎたのだ。
王都で女性が力を覚醒させてから半年が過ぎた頃。
世界随一と同業者に言われ、容姿も経歴も華やかで信頼が厚い冒険者たちを呼び寄せた王は、眉目秀麗の男性を一方的に勇者と任命し、一行に勅命を下した。
魔王を討伐すれば、対外的に世界を救ったのは勇者を呼び寄せた国の王となる。
冷静な判断を即座に示し、国民の多くを圧倒的な脅威から見事救ってみせた。
それだけでいいと、下卑た薄ら笑いを浮かべるおぞましい愚王は考えた。
そして、勇者と認められた若者は右手で応えながら王都を仲間たちと歩く。
声援をあげた人々の期待を一身に背負い、彼らは一路、旅に出る。
金糸のような髪と空色の瞳、美しい王子を連想する整った顔立ちの男性と、赤茶色で少々鋭い目つきに濃いめの茶髪で、若くして剣の道を極めたとすら言われる剣聖の男性。
回復と防御魔法を巧みに使いこなし、全てを見通すかのような銀色の瞳に、輝きを放つ銀の髪を背中で綺麗にまとめた才色兼備の令嬢に見えながらも、あらゆる魔法を体得した大賢者。
金色の瞳に、とても薄い茶色の髪を肩まで伸ばした子供としか思えないほど幼い容姿と体躯だが、他の追随を許さぬほど隔絶した領域にまで高めた攻撃魔法を操る大魔導師の4名だ。
他国で頭角を現してきた冒険者たちで、勇者とこの国に認められた一行は、何も知らぬ愚者どもだと王に嘲笑われながらも旅に出る。
真実も知らず、何も聞かされず。
彼らは、
呼び寄せた王を愚直に信じていたわけじゃない。
腹に抱えたどす黒い気配に気付かなかったわけでもない。
それでも彼らは、王国中の人々が怯えながら日々を暮らす存在が本当にいるのならと立ち上がっただけにすぎなかった。
現に闇をその身にまとう存在は確かにいた。
人々には名称すら忘れ去られたが、かつて栄えた古代の廃城、現在では魔王城と呼ばれた場所に。
けれど……。
「……あたしたちは、殺そうとしたの?
……何の罪もない女性を、この手にかけようと……したの?」
大きな杖を右手から離して地面に転がし、両手を見つめながら小刻みに震えるステラの問いに誰もが答えられず、ただ呆然と立ち尽くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます