第4話 温かな楽園

 たとえるなら、そこは穏やかで優しい時間が流れる妖精たちの温かな楽園。

 とはいっても建造物は一切なく、大きめの花びらに腰を掛けたり、キノコに座りながら談笑する姿がダグラスたちから見えた。


 少しだけ先を歩いていたアレクはふたりの妖精と親しげに話しているが、あまりにも順応性の高い彼の様子に戸惑いを隠せずにいた。


「あ、ニンゲンさんだー」

「ほんとだー、めずらしー」


 ふわふわと飛んでいた小さな子に見つかったダグラスたちは物珍しそうな視線を向けられたが、そうなってからはあっという間だった。

 岩場の影や木々の裏から次々と妖精が集まる。

 物怖じせず近寄る子たちに、人間である3人のほうが戸惑いを隠せなかった。


「……妖精さんは、その、怖くないの?」


 驚きながらも、ステラはいちばん近くに飛んできた妖精へ訊ねた。

 彼女たちの知る物語に登場した妖精や精霊は基本的に人間を好まない。

 むしろ争いの火種となりかねない存在に対し、警戒心を強める種族だと書かれていたことが多いような気がしたからだ。


 そもそも彼女たちを妖精と呼んでいいのかも分からない。

 今も好奇の目を向け、物珍しそうに人間の周囲を飛び回る子たちは精霊なのかもしれないし、まったく別の種族である可能性だってある。

 見た目こそ少女や幼女だが、20を超えた彼女たちよりも年上かもしれない。

 ステラに訊ねられた子は首をかしげ、右の人差し指をあごに当てながら答えた。


「こわい?

 なにがこわいの?」

「……人間が」

「ニンゲンさん、こわいひと?」

「……違うよ」

「そっかぁ、よかったー」


 目の前でくるりと身体を回した妖精に目を細め、頬を緩ませるステラ。

 いまいち会話が噛み合わないが、それでも幼少期に話してみたいと心から思っていた想像上の存在と意思疎通が取れていることに胸が高鳴った。

 思っていたこととは少し違うが、まさか憧れた妖精と話ができるなんて夢のようだと、彼女は内心喜んでいた。


「あのね。

 ここ、わるいひと、これないんだよ」

「だよねー。

 わるひと、これないようになってるんだよねー」


 左から別の妖精がやって来て、楽しく談笑を始めた。

 どうやら人懐っこい性格をしているようだと安心しながら、ステラはアレクへ視線を向けた。

 あちらはあちらで楽しそうではあるが、本来の目的のために彼は妖精へ訊ねた。


「僕たちは、ここにいるって聞く大精霊に会いに来たんだ。

 誰か大精霊のいる場所が分かる子はいないかな?」

「だいせーれー?」

「なんだろ、それ」

「きいたことないね」


 きょとんとしながら話す様子から見当がついていないのは理解できるが、ここに辿り着く手前に見た光の道は物語に登場したものと同一だと思えた。

 他の人間がこの場所にやって来たのでないなら、そういった書かれ方はしなかったはずだし、それが偶然の一致というにはあまりにもできすぎではないかとアレクは考える。

 しかし彼女たちが嘘を言っているようにも見えないし、そんな必要性も全く感じない。


「あ。

 もしかして、せんせーのことかな?」


 思い当たる節があるのか、妖精のひとりが答えた。

 彼女の言葉に納得したように、別の子も話した。


「あー、せんせーかぁ。

 でもせんせー、だいせーれーなの?」

「わかんないー」

「その方に会えませんか?

 お話を聞きたいことがあるのですが」

「いいよー」

「こっちー」


 いつの間にか多くの妖精が集まっていたようだ。

 20人ほどの大勢に先導された一行は、大樹の根元まで向かった。

 ふと空を見上げていたダグラスは思いついたように言葉にした。


「屋根もないんじゃ、雨をしのげないな……」


 建造物がないことに不便さを感じた彼だが、どうやらそういったものとは無縁の場所なのだと妖精は話した。


「ここ、あめふらないんだよー」

「そうそう。

 せんせーがね、そうつくったのー」

「作った?

 この場所をかい?

 それとも大樹を?」

「わかんないー」


 気になることを言われたアレクたちだが、屈託のない笑顔で答えられると何も聞き返せなくなってしまった。

 それもこれから会えるだろう方に聞けばいいかとどこか楽観的に考えながら、大樹の根元までやって来た一行に妖精たちは楽しそうな声色で話してくれた。


「せんせーはね、いっつもおっきなきのなかで、ねてるのー」

「おこしても、おきないんだよねー」

「ねぼすけさんなのー」

「誰がねぼすけですって?」


 大樹から声が届き、視線を正面に向けるアレクたち。

 幹としか見えない場所から大人の女性が抜け出るように現れた。


 新緑色の髪を腰まで伸ばし、優しい眼差しで視線を向ける大人の女性だ。

 薄緑のドレスのようなものを着ているが、森を好んで生活していると聞くエルフとはどこか根本的に違う印象を強く受けた。

 神秘的な気配すら感じさせる不思議な魅力を持つ女性はアレクの前まで来ると、真剣な表情で言葉にした。


「……待っていたわ」

「僕たちを導いたのは、貴女なのですか?」

「えぇ。

 案内を頼んだ子たちには伝えてないけれど、あなたであれば声が届くと聞いていたから。

 私が認めた者でなければ、本来この世界への扉は開かないようになっているの。

 でも、森に人がいるからここに連れてきて、なんてお願いをすれば、この子たちは目的を忘れてあなたたちと遊んでしまうから」


 アレクを連れてきた妖精たちをじとりと見つめながら、女性は答えた。

 先生と呼んだ彼女に怒られると思ったのだろう。

 妖精たちはアレクの肩から覗くように身を隠した。


 この場所に招き入れ、会ってもらえるつもりだったのはありがたいが、その理由を彼女の言葉で聞きたいと思えた彼は女性に訊ねる。

 しかし続く彼女の言葉に一同は、より混乱することになった。


「僕たちが聞きたいことも理解した上で、この場所に導いて下さったのですか?」

「私は、『あなた方を導くように』と言われただけに過ぎません。

 おおよそですが、あなた方が求めているものが何かも分かっています。

 魔王と呼ばれた女性を救いたいと思っての行動なのでしょうが、私にその答えを出すことはできません」


 彼女は魔王が力に目覚めた瞬間からその存在自体に危機感を抱いていたが、元々対処するだけの強大な力も保有していなければ、この外界から隔離された場所を出るつもりもなかったと話した。


「私がこの小さな世界を創ったのは、ここにいる彼女たちのため。

 2000年前には色々あった、と話せば理解していただけると思います」


 とても悲しそうに彼女は言葉にした。


 でも、たとえそうだったとしても今は違う。

 楽しげに人間と語り合い、臆することなく周囲を自由に飛び回る。

 そんな彼女たちの笑顔を見ていると、先生と呼ばれた女性がしてきたことは正しかったのだと思えてならないアレクたちだった。

 同時に彼女は、様々な知識を妖精たちへ与え続けているのだろう。

 残念ながら口調や仕草から、それも限度があると思えてならないが。


「……あたしたちを招いた理由をお聞かせ願えるでしょうか?」

「えぇ、もちろんです」


《それについては、私から話をさせていただきます》


 眼前にいる先生とは別の女性が語りかけた。

 まるで脳内から直接伝わるような不思議な感覚があったが、その透き通る声は続けて話した。


《まずは対面すらせず話をすることに謝罪を。

 私の名はリオリティア。

 この世界"ティアリール"を創造した女神です。

 みなさんには、お話しなければならない大切なことがあります》



 創造神と自称した女性から語られる真実。

 そのあまりにも突飛な、けれども嘘だとは思えない想像だにしていなった事実を前に、アレクたちはただただ目を丸くして聞き続けることしかできなかった。


 事態は彼らが思っていたよりも遥かに深刻で、世界自体がいつ滅びるかも分からない最悪の状況に立たされていたのだとアレクたちは理解させられた。


 そしてそれは、魔王をたおせば解決するという単純な話では決してないのだと思い知ることになる。

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