第2話 僕はそう信じる
気が付くと、そこは森の中だった。
小鳥のさえずりが優しく耳に届く、穏やかな空気を感じさせる場所に彼らは立っていた。
周囲から悪意を含む魔物の気配が感じられないのを確認したダグラス。
持っていた大剣を地面に突き刺し、アレクの胸倉を両手で掴んで軽く引き寄せ、鋭い視線を彼に向けながら訊ねた。
「なんの真似だ、アレク。
怖気づいたわけじゃないだろうな?」
「……ダグ、僕には無理だ。
アレクの発言は、ダグラスの額へ青筋を立てさせるには十分すぎる意味が込められていた。
しかし、その真意が理解できないわけでもない彼はアレクから手を離し、冷静な口調で質問した。
「……どういうつもりだ?
まさか魔王が女だから戦えないって意味じゃないんだろ?」
彼の言うように、敵と定めた存在は女性だった。
だからといって看過できるはずもなく、倒せませんでしたでは済まされる話でもない以上は明確な理由を求める彼の行動は当然だと、ダグラスの行動を止めなかった彼女たちも感じている。
アレクは情に脆いし、自身よりも他者を優先する性格をしているが、大局を見極められないような愚か者では決してない。
まして相手が見目麗しい女性の姿形だったところで
だとしても、理解の範疇を超えた行動を取られたと言わざるを得ない彼らは、続くアレクの言葉に耳を傾けた。
「僕は、彼女が世界を滅ぼす魔王には見えなかった。
まるで力が体の内側から暴走しているようにも感じられたし、あのまま彼女を倒したとしても平和が得られるとはとても思えないんだ」
「納得する、しないの話ではないと、私には思えるのですが……」
言葉が続かないグレイスは、口を噤むように会話を途切らせた。
違和感を覚えることなど世界中に溢れている。
原因すら掴めずに起こる現象のすべてを詳細に説明できる者などいるはずない。
しかし、そうであったとしても、現実に
「……明確な答えが出なければ戦えない?」
「あぁ」
「……そう」
断言したアレクにどこか納得しながらステラは答えた。
言い出したら聞かない性格をしているのも彼女たちは知っている。
当然すべてに当てはまることではないが、ここまではっきりと発言したアレクを否定できなかった。
あのまま彼女を倒し、平和な世界を手に入れたところで得られるものは罪悪感のほうが遥かに強く残ると彼らも考えていた。
だからといって倒さなければより状況は悪く、最悪の場合は取り返しのつかない事態になりかねないとも思える。
時間的な余裕すらないのではないかと考えていた彼らに、アレクは信念を感じさせる優しくも力強い言葉を発した。
「探そう、別の未来を。
彼女を救えるかもしれない可能性を。
そうしなければ、僕は絶対に後悔すると思えたから」
普段と同じ覇気を感じる彼に安堵した3人は、周囲への警戒を落ち着かせた。
冷静になって辺りを見回してみると、どことなく見覚えがあるような場所にも思える不思議な既視感があった。
思い出すように目視で地形を確認しながら、グレイスは訊ねた。
「それでアレク、ここはどこなんですか?
私たちは北の果て、"帰らずの森"から魔王城を目指しましたが、周囲には強烈な魔物の気配も感じませんが」
人々から恐れられる森には並の実力者では通用しないほど強力な魔物が生息し、まるで訪れる者を拒むように襲い掛かってくる危険地帯に彼らはいたはずだった。
しかし肌に感じる気配からは、随分と穏やかな空気に触れているように思えた。
アレクが使った魔法は唯一無二と表現できるほど特質的なものだ。
世界でも限りなく少ないと言われる光属性の魔力を圧倒的な力にまで研鑽した彼だからこそ使えたもので、一度でも訪れた場所であれば時間をかけずに高速移動できるという、一般常識ではとても語れないほどの凄まじい効果を持つ魔法だった。
突発的に使ったこともあって、位置を特定できずに移動したのだろうか。
そう思っていた3人へ、アレクは言葉にした。
「ここは大陸の西南西、"オリヴェルの森"中腹付近になるよ」
「……何を求めているのかは理解したが、この森を再挑戦するのか?
俺たちは一度ここを突破できずに町へ戻ったと記憶してるが」
別名、迷いの森と呼ばれたこの場所を越えるには、ある条件が必要となる。
それもあくまで言い伝えられた伝説上の話で、実際にそれが正しいのかは眉唾物としか言いようのない曖昧な突破法でもあった。
実際にここを越えられたと記録が残っているものは、そのどれもが創作物として語られた小説の中だけだったとダグラスとグレイスは思い出していた。
だが、信じて疑わない表情と見て取れるアレクから感じ取ったステラは、その条件を口にした。
「……『強く願った者に光の道は開き、その者が思い描いた未来を導く幻想世界へと誘われるだろう』」
曖昧としか言えないような言葉に縋っているようにも思えるアレクだが、実際にそれを見たとの証言が創作物以外の文書として残っていない以上は信じて進むことも難しい。
たとえ可能性が限りなくゼロだと分かっていても、ステラは言葉を続けた。
「……アレクは信じているんだね。
この先に、アレクが望んだ未来があるかもしれないって」
「おとぎ話を本気で信じるなと世界中の人は笑うかもしれない。
勘にすぎないような曖昧なものだし、何も変えられないことだってあると思う。
それでも僕は、できることをしたいんだ」
「……結果的に、残酷な選択肢しか残らないこともあるんだよ?
もしもそうなった時、アレクはあの
非情にも思える言葉を投げかけるステラ。
しかし、それくらいの覚悟なくして魔王とはもう戦えない。
アレクは彼女をひとりの女性として認識したのだから。
一度でもそう感じてしまえば、凶悪な魔物のような存在として見ることはできないし、
その本質を理解できない者などこの場にはいない。
ステラはアレクに訊ねたのだ。
魔王となった女性を
そうしなければならない可能性の話を彼女はしているが、実際に確率としては高いようにステラには思えてならなかった。
重苦しい沈黙の中、アレクは空を見上げながら静かに答えた。
「……わからない。
でも、あの人を敵視することはできないから」
続けてアレクは仲間に向き直りながら話した。
そのあまりにも彼らしい言葉に、3人は頬を緩ませた。
「もしもの時は、そうなった時に考えるよ」
「……ったく、お前はいつもいつも」
がしがしと乱暴に自分の頭をかくダグラスだが、アレクならそう言うだろうとどこか感じていたようだ。
そしてそれは彼だけでなく、もうふたりの幼なじみも同じだった。
「そこもアレクの良いところですから」
「……そだね」
軽く笑いながら、3人はアレクと同じように考える。
あのまま彼女を倒さなくて良かったと。
使命感に殉ずる気持ちのまま戦っていたら、きっと後悔していたのではないだろうかと思えてならなかった。
どこか確信じみた本質を気付かぬ内に捉えられたからなのかは分からないが、少なくともアレクの読み通り彼女が魔力の暴走を抑えきれないだけなのだとしたら、まだ対処法は残されていても不思議ではない。
そうなれば彼女は救われ、同時に世界を安寧に導くことにも繋がる。
しかし、そうはならないことだって十分考えられる。
目も当てられないほど世界は理不尽に創られているかもしれない。
何もできず、ただただ命を摘み取る選択肢を迫られることもあるだろう。
だとしても、極論にも思える最悪の決断を下すには早すぎる。
そう感じたアレクに呼応するように頷きながら、3人は彼の言葉を聞き入った。
「行こう、大精霊に助言を求めに。
きっと本心から望めば森も答えてくれる。
僕はそう信じる」
はっきりと出した彼の言葉が正しかったのか、それとも間違いなのか。
現時点では判断できない曖昧な決断にも思える行動が何を意味するのか。
別の道を模索するように足を進めた一行がその答えとも思えるものを手に入れるのは、もうしばらくの時間を必要とする。
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