文字の繋ぐ穏やかな日常

蒼雪 玲楓

少しずつ紡がれていた物語

 本のページを捲る音が響く小さな古書店にて。

 そこの一角に置かれたテーブルを挟んで話す一組の男女。コーヒーの入ったカップを二つ持っている男は高校生程度。そんな男を見て軽く溜め息をつく女は20代前半、といったところだろうか。


「今日も来たのかい?今更だけど、君は変わり者だね」

「ほんとに今更ですね……というか、売り物の本を読みながら客の淹れたコーヒーを出されているあなたも変わり者ですよ」

「今は私がここの主だ。どうしようとも私の自由だよ」

「主というか、ただの店長代理じゃないですか」

「いいんだよ。そのおかげで君も色々自由にできてるんだから」

「まあ、それは否定しません」


 そう言うと男は自分の鞄から本を取り出し、それを読み始める。

 売り物の本を読む女と、持参した本を読む男。どちらもそれを書店の中で読むという変わった光景。無言のまま、互いに文字の世界へと深く入り込んでいく。


 そうしてそれから数時間。

 先に読み終えた女はふと、目の前で小説に没頭する男に視線を向ける。


「ほんと大きくなったね」

「……今更どうしたんですか」

「あんなに小さかった頃から通ってた子が大きくなったなって思っただけだよ」

「……なるほど」

「友達と遊んでるのか疑わしいくらいに来てたしね」

「多少遊んではいましたよ。それよりもここの居心地がよかったから通ってただけです」

「居心地、ねぇ」


 男はパタン、と読みかけのまま本を閉じる。


「不思議そうな顔してますね」

「まあね。本があるだけだし、ここ」

「違いますよ」

「へ?」


 思わぬ回答に女は素っ頓狂な声を出す。

 男はといえばそれを気にせずそのまま続ける。


「あなたがいるから居心地がいいんですよ。今となっては習慣ですけど、昔は会いに来る為に頑張って本読んでたんですよ」

「ちょ、ちょっと!それどういう意味!?」

「さて、なぜでしょう」


 男ははぐらかすように視線を本へと戻すのだった。

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文字の繋ぐ穏やかな日常 蒼雪 玲楓 @_Yuki

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