不機嫌

「最近変わった事ありました?」

あの男がそう言った。

「特に何もありませんよ」

私はそう答えた。


何もないのは嘘だった。ストーカー被害に遭っていた。

私は子供の頃から大人しく見られやすい。話すと冗談ばかり言っているが、黙っていると違って見えるのだろう。ストーカー被害に遭う事は珍しくなかった。

N部長だけには話して、もうすぐ解決しそうだった。

あの男が不機嫌になったのは大体その時期だった。


「最近変わった事ありました?」

あの男は二度目の質問で不機嫌さを隠さなかった。

「ストーカー被害を受けてます。そこまで大したものではなくて、部長に話して解決しそうで」

「部長ってN部長?」

間髪も入れず強い口調であの男が質問を続ける。

強い口調。初めて会った頃みたい。

「N部長です。でももう解決しそうだから」


不機嫌な顔をしてあの男がうつむき、こう呟いた。

「前からその話をN部長に聞いていたんですよ。だから僕だって協力しているんです」

あの男が「他にも用事があるんで」と席を立った。


N部長があの男に協力を仰いだのを知らなかった。


私はあの男に迷惑をかけたくなかった。

それだけなのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る