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鮭弁DX neo

読書

光沢のあるの表紙に触れる、ページを開く、目次冒頭本文が目から瞳からすれ違ったように滑り落ちる。

 台詞が音声になって耳の中で彼女が喋る。


それで来週の空きコマが

 バイト先に来た客が本当に

  この前話したあのアニメ観たよ

   え、もうこんな時間だよ急がなきゃ


「あのさ、言いにくいんだけどさ」


 文章から顔を浮かせて、息継ぎついでに彼女の目を見る。

 僕の瞳と彼女の瞳は、向かい合っすているのだけど見えているものはまるで違う。

 僕の瞳にはまだ、さっきまで泳いでいた文字たちが取り残されているかもしれない、瞳はガラス玉によく喩えられるから、さながら金魚鉢のように。


「あんまり本屋で話しかけないでよ、真剣に読んでいるんだから」


「デートの途中に本屋に寄る方が、非常識だと思うんですけど」


 彼女の瞳には僕しか映っていない、眼鏡によって拡大された瞳がグラスがガラスを通り屈折した光が僕に教えてくれる。


 勿論、彼女が言う事が正しい。

 間違った選択をしたのは僕で。

 浮き足立った足を下ろす為に、

 行き慣れた書店に逃げ込んだ。


 ここで普段の自分に戻る為に、彼女が僕に見出した僕はきっと、ここに戻ってくれば帰ってくるはずだから。

 君が好きになってくれた僕を、僕は忘れてしまったのだ。

 君が好きだと言ってくれた、その日から。


「また眉根に皺が寄ってる、そんなに難しい顔してると老けるよ」


 彼女の指が前髪に触れる、急に動かなくなる。

              身体がまるで電気に、

             裸電球の中身に指を通したような、

                まるで。


 文が文字として張り付いている、僕の眼鏡に。

 本当は一つとして瞳には届いてなかった。

 僕はこの人と別れるまで、一生本の読めない人間になってしまったのだ。

 そうだ、そうに違いない。


「可愛い彼女を放っておいて、そんなに本が読みたければご自由にどーぞ」


 拗ねた演技、これは何度も見たことがあるよ。

 見えない小石を蹴り上げる、芝居がかった仕草。

 これだけ本に囲まれている空間で、彼女だけが理解できる唯一の存在に。


 僕は読む人ではなく。

 僕は書く人に生まれ変わったんだ。

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