不思議じゃないけど不思議な記憶
物部がたり
不思議じゃないけど不思議な記憶
「とても大きな橋は?」と問われれば「虹」と答えた。
恐らく虹より大きな橋は存在しないだろう。
雨上がりのどこかに、虹色の橋は現れる。
虹を嫌いな人はいないように、れいは虹が好きだった。
雨上がりの空にかかる虹の橋の根元が見たくて、れいは幼い頃虹を追いかけたことがあった。
幼いといっても、小学生にもなれば虹に追いつけないことは知っているが、れいはそれ以上に幼かったので、追いつけるものと信じていた。
霧雨が降る中、れいは家を飛び出し虹を追いかけたが、どこまで行っても虹の根元にはたどり着けなかった。
当然ながら晴れてしまうと橋は消え、れいは気付いたときには迷子になっていた。
家の方角を見失い、童謡の猫のようにわんわん泣いた。
そのとき、れいの泣き声を聞きつけて助けてくれたお姉さんがいた。
「どうしたの。なんで泣いてるの? 迷子かな」
お姉さんは濡れた子犬のようなれいを見て、優しく問うた。
れいは涙を拭いうなずいて答えた。
「虹おいかけてたら、家わからなくなったの……」
「虹を?」
「うん、虹のはしわたりたいの。だけど虹きえちゃったの……」
「それで、迷子になっちゃったんだ」
「うん……」
「もう大丈夫。お姉さんが一緒に家を探してあげるから。その前にちょっと待ってね」とお姉さんは家の中に入っていった。
一分もしないうちに戻って来たお姉さんはバスタオルと、靴を持っていた。
「はい、これで拭きなさい。風邪をひいちゃ大変」
お姉さんはれいの頭をわしゃわしゃして「あと、この靴に履き替えなさい」と翼のマークが付いた靴をくれた。
「靴?」
「うん。濡れた靴じゃ気持ち悪いでしょ」
れいは濡れた靴を脱いで、お姉さんからもらった靴に履き替えた。
靴はれいの足にピッタリだった。
「ぴったりだ」
「よかった。この靴はね。虹よりもは早く走れて、虹をわたることができる靴なんだよ」とお姉さんはいった。
「この靴はいてたら虹においつけるの?」
「そう。追いつける。試してみなさい」
* *
結局、お姉さんの話が本当だったのかはわからず仕舞いだった。
お姉さんと会った日から、虹は一度もかからなかったからだ。
検証もできないまま、れいの足は靴のサイズを越えてしまい履けなくなってしまった。
その後、れいはお姉さんに靴を返そうと思い近所を探したが、お姉さんの家は見つからなかった。
幼い子供の足で行ける距離は限られていると思うが、結局見つからず探すのを諦めた。
夢だったのかと思うこともあるが、靴箱には、お姉さんからもらった靴が今も置かれている――。
不思議じゃないけど不思議な記憶 物部がたり @113970
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