第6話 記憶を見る魔法

 二人が落ち着いたところで、マージは何があったのか、たずねました。エーリとカレンは、どう言葉を選べば伝わるだろうかと考えました。しかし、腕輪の事をからめずに先程さきほどの話をするのはとても困難こんなんでした。


「もしよければ、あなたたちどちらかの、記憶きおくを見せてもらえないかしら」

「そんなことができるの?」


 エーリが身を乗り出します。


「ええ。でも勝手かってのぞき見ることはできないの。必ず同意どういが必要で、見れる範囲はんいを決めるのは、記憶を見られるがわよ。つまり、あなたたち」


「私、やります! 私の視点してんからのほうがきっとわかりやすいわ」


 カレンが授業中であるかのように手をあげました。


「ありがとう、カレン。ではまず、リラックスしましょう。エーリ、お茶を入れてくれる?」


 エーリがキッチンでお湯をかしているあいだに、チャイムが鳴りました。午後の授業が始まりますが、マージ先生は今日はもう授業に出なくていように、それぞれの担任たんにんの先生に話してくれました。今のところは体調不良たいちょうふりょうということになっています。

 黒いローブの男の再来さいらいには警戒けいかいしなければいけませんが、すぐもどってくることはおそらくないと、先生は判断はんだんしました。それができるならば、あわてて逃げる必要はないからです。

 それに、魔法使いがから案件あんけんです。魔法使い同士どうしのいざこざは、魔法を使わない人たちの社会には基本的きほんてきには持ち込みません。


 

 カレンがお茶を飲んで気分を落ち着けている間に、マージは魔法の準備じゅんびをしました。準備といっても簡単なもので、水盆すいぼんに水をはって、テーブルにいた程度ていどです。


「水は古来こらいから魔法やおまじないとは切っても切れない存在そんざい。水盆にはった水は、様々さまざまなことをうつし出してくれるわ」


 マージはそう言いながら、つえで水盆のふちをなでました。しぶきをあげるほどの波紋はもんが広がったかと思うと、次には、水面はかがみのようにしんとしずかになりました。


「準備はいいかしら? カレン」


 カレンはリラックスするように言われたのに、これから見る魔法にドキドキしながら、うなずきました。マージはふかいきうと、杖でカレンの頭にれました。


「カレン、あなたは私が記憶を覗くことに、同意してくれますか?」


「はい」


「では、見せてくれる場面を、思い出して下さい。そうね、まずは楽しいことから始めましょう。今日の給食は?」


 カレンは、暖炉だんろの前で食べたおいしい給食を思いかべます。すると、カレンが頭の中で思いえがいたものよりもはっきりと、自分では思い出せないほど細部さいぶまでの記憶が、水面に映し出されました。水盆からは、声や音も聞こえました。


大丈夫だいじょうぶそうね。では、本題ほんだいに入りましょう」


 カレンはローブの男の侵入しんにゅうに気づいたところから、マージが帰って来たところまでを思い浮かべました。しかし、はじめは鮮明せんめいだった映像は、すぐにぼやけ始めます。音もはっきりと聞こえなくなりました。男が腕輪の話をしているあたりです。

 鮮明な映像になったりぼやけたりを繰り返しながら、結局けっきょく重要じゅうようなことは何もわからないまま記憶の再生さいせいは終わりました。

 マージはしばらく水盆をながめながら考えをめぐらせました。


「どうやら、どうしてもその存在そんざいかくしたい人がいるようだけど、騒動そうどう発端ほったんはエーリの左腕ひだりうでの腕輪ね。気をけば、まったくこの腕輪に興味きょうみがなくなってしまうし、たいした魔法がかけられてるわね。

 あなたたちがこの腕輪のことを今まで私に話さなかったのは、話せなかったからなのね?」


「今日はいい天気ね」


 と、エーリは答えます。直接ちょくせつ腕輪うでわの話がられると、特に重要そうな話をしようとすると、天気の話ではぐらかすのがこの魔法のやり方のようです。マージは納得なっとくしたようにうなずきます。


「最近、なんだかいつも何かの魔法にかけられているような気持ち悪さがあったのよ。親子だもの、エーリとは一緒にいる時間が長いものね。

 とにかく、この腕輪がなんなのかはさっぱりわからないけれど、強引ごういんうばってでもしいと思う人がいることは、たしか……」


 これからも、現在、腕輪の持ち主であるエーリに危険がおよぶかもしれません。マージは黒いローブの男がやったように、様々な方法で腕輪を外すことをこころみてみましたが、結局、外すことは出来できませんでした。


「お母さんにもどうにもできないなんて……」


 エーリはうなだれました。マージは、なぐさめるように彼女の頭をでます。


「ごめんなさいね。魔法というのは、基本的きほんてきにはそれをかけた本人でなければくことがむずかしいのよ。

 この腕輪については、できるだけ調べてみるし、なるべくエーリからはなれないようにするわ」

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