第5話 狙われたエーリ

 ──きっとうわさになっていた不審者ふしんしゃだわ、と、カレンは先生を呼びに行くために学校の廊下ろうかに出ようとしました。しかし、ローブの不審者のつえ一振ひとふりで、とびらは閉められ、開かなくなってしまいました。

 黒いローブの人物は魔法使いのようです。エーリとカレンはこわくておたがいにりそいました。エーリが勇気をしぼって言います。


「今日はマージ先生はいません。御用ごようは一体なんなのですか?」


「魔女がいないことは知っているさ。腕輪うでわを持っているだろう。わたしてもらえないかな」


 きっと、あの腕輪のことです。エーリはとっさに左の手首を押さえました。この人が腕輪のしんの持ち主なのでしょうか。でもそれなら、先生がいる時に堂々と来てもいいはずです。顔はよく見えませんが、わかい男と思われる声でした。エーリは「わたそうにもはずすことができません」と言おうと口を開きました。


「今日はいいお天気ですね」


 この男が“真の持ち主”であるかどうかはわからないので、渡すべきではないのかもしれません。しかしフードの下からぎらりとのぞく眼光がんこうを見れば、エーリとしては男の言う通り腕輪をすぐにでも渡してしまって自分を守りたいのが本当のところです。

 しかし、“腕輪の事を話すことができない魔法”が、それを邪魔じゃまします。──お天気の話だなんて! 言うに事欠ことかいて出てきた言葉がこれとは、確実に男の神経しんけいさかなでしてしまいます。

 カレンはエーリのトンチンカンな返答を聞いて、自分はしゃべってはだめだと考えて、エーリの右腕みぎうでをぎゅっとつかんでだまっていました。


「話をはぐらかして、天気とは。められたものだな。こっちは腕輪と確信かくしんを持ってわざわざ子供をたずねてきたんだ」


 黒いローブは急に二人の少女との距離きょりめてきました。若い男の顔ととおるような金色のかみが見えました。魔法学校を卒業そつぎょうしたばかりか、ひょっとすると在学中ざいがくちゅうかもしれません。それくらい若い青年せいねんです。

 そして、彼は痛いほどの力をめてエーリのひだり手首てくびつかみ、かかげます。美しい腕輪が、まどから入る日の光や暖炉だんろほのおの光を反射はんしゃしてあやしくかがやきました。

 男は腕輪を見て満足まんぞくそうに笑うと、力尽ちからづくではずそうとしました。当然外れず、エーリは「いたい!」と悲鳴ひめいをあげます。


しずかにしろ! そのうで、切り落としてもいいんだぞ!」


 エーリは恐怖きょうふふるえ、身動みうごきができなくなりました。男は魔法で何とか腕輪を外せないかと、いくつか呪文じゅもんためしますが、どれも上手くいきません。男にあせりの色が見え始めました。


「くそっ。こうなればやはり腕ごともっていくしか……」


 男がそう言って杖をげたので、カレンはちからかぎりエーリをって、エーリもそのタイミングに合わせて男の手を振りほどきました。

 くうを切った小さなかまいたちが、ゆかに切れ目を入れます。魔法で人や動物をきずつけるのは禁止されていますが、そんなことはこの男には関係ないようです。料理に使うはずの包丁ほうちょう凶器きょうきにしてしまう人と同じです。

 エーリとカレンは逃げ場のない中、なんとか助けを呼ぼうと、廊下ろうかに続く扉をバンバンとたたきました。


「誰か! 先生!」


 エーリとカレンはさけびますが、二人の声は昼休みの喧騒けんそうにかき消されるし、男はすぐに追いつきました。

 もう逃げられない、と二人が思ったその時、ローブの男は首根くびねっこをつかまれるようにき上がったと思うと、扉から屋外おくがいへと、すごいスピードでほうり出されました。


 ──マージが帰って来たのです。


何者なにものです!? いえ、何者であろうと私の留守をねらって生徒せいとたちに手を出そうとはゆるせません!」


 マージは男を拘束こうそくしようとしましたが、彼の逃げ足は早く、マージがエーリとカレンの様子を見るためにほんの少し注意がそれたすきに、サッと姿を消してしまいました。

 エーリとカレンはマージ先生にかけり、緊張きんちょうの糸が切れてわぁと泣き始めました。彼女は二人をきしめました。


「留守中にこわい思いをさせてごめんなさいね。かぎの魔法がやぶられたから、いそいで帰ってきたのよ。間に合って、本当によかった。」

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