第4話 ミナモ-04.出逢い

 女神の神託を終えた後、ミナモは暫くほうけていた。


 女神の一部が少女の体内へと入っていく。女神の神託はまるで川の流れのように優しく、時に激しく。女神という川に放たれた稚魚は、流れに身を任せたまま、今まで感じた事のない感覚に全身を蹂躙され、やがて一人前の乙女になるべく大海原へと放たれたのだ。


 兄を攫われた哀しみも忘れ、女神の膝の上に寝かされるミナモ。


「はぁ……はぁ……メルクリ……さまぁ……♡」

「今日は特別に私の膝枕で眠っていいわよ?」

「……はい……」


 慈愛の心に満たされた少女は、女神の両膝の温もりを感じたまま、眠りにつくのであった――――



★★★


「はぁ……神託が接吻くちづけだったなんて、聞いてなかったなぁ……」


 思い出す度に頬を赤らめ、全身から噴き出して来る熱を押さえる少女。

 首都へ向かう馬車に揺られつつ、少女は神託の事を思い出していた。


 神託を受けた翌日、自宅のベッドで目を覚ました少女。女神の姿は消えており、ベッドの横には女神からの手紙と指輪。銀色の棒のようなものが置いてあった。


『神託によって与えられた力は普段から使う事は出来ません。その指輪を身につけ、戦姫装バトルドレス投影シンクロしてね。(投影のやり方はもう一枚のメモを見ておいてね)あなたは既に舞という技を持っている。でも、神託を受けただけでは簡単に美闘姫闘技大会ディーヴァコロシアムへ出場する事は出来ないわ。その棒は私が持つ〝水の魔力〟を投影シンクロさせる事の出来る武器、メルクリボン。あなたの創造で、あなたが思う形状の武器へ変化させる事が出来る。闘い方は私の一番弟子、マイ・ストラーヴァに教わって。まずは首都アクアクレアへ向かい、マイを訪ねなさい。それがお兄さんを救う近道よ。あなたには女神の加護がついているわ。頑張ってね。  メルクリ』


「マイ様が一番弟子かぁ~。そうよね、マイ様凄く強いもの」


 手紙を読み返し、左手の薬指に嵌めた指輪を見つめるミナモ。手紙に視線を戻すと、手紙の下に小さく書いてある文字に目が留まる。


『P.S. ゆうべは激しかったわね♡ 』

「嗚呼~~もうぅうう~~メルクリ様ぁああ~~」


 馬車で一人悶えるミナモ。ある意味兄を攫われた哀しみや悔しさなどの感情全てを持っていかれたので、そういう意味では、冷静に今の現実と向き合っていられるミナモであった。尚、暫く旅に出るため社を留守にする旨は、ちゃんと村長へ伝えていた。女神からの神託があったと告げると、村長は驚き、社を離れる事を認めたのである。


 首都アクアクレアは大きな街だった。街の中央には運河が流れ、石畳の通りには立派な建物が立ち並ぶ。街全体を見渡せる高台には国を護る宮廷騎士団と王家の者が住むアクア宮殿が聳え立っていた。


「お兄ちゃんはいつもこんな広い街へ出稼ぎに行っていたのね」


 人間だけでなく、猫や犬、狼のようなケモ耳を携えた獣人や、長く尖った耳をピンと立たせた亜人らしき者も通りを歩いている。果物や海産物、露店が立ち並ぶ通りへ差し掛かると、何かを焼く美味しそうな香りがミナモの鼻腔をくすぐった。


「……この香りは!?」

 

 食欲を誘う香りに引き寄せられるがまま、露店へと近づくと、ミナモの大好物である大きなホタテが鉄板の上で踊り、バター焼きにされているところだった。


「おじさん……これ……幾らですか!?」

「おう、いらっしゃい! 1個500アテナだよ!」

「ひひ……いや、ふふ、ふたつください!」


 興奮冷めやらぬ様子でこの世界の硬貨であるアテナ硬貨を渡すミナモ。露店の横に用意された椅子に座り、テーブルの上に置かれた美味しそうな音を奏でるホタテを見つめる。

 

『おいしく食べてね♡』

「うん、美味しく食べてあげるからね」


 嘘か誠か、ミナモはホタテの声が聞こえたらしい。彼女にはホタテの身に顔が見えているのかもしれない。付属の楊枝でホタテの身を刺し、息を吹きかける。口に含んだ瞬間、バターの香りと磯の香りが広がり、肉厚のあるホタテの身を噛んだ瞬間、肉汁が口腔内へと溢れ出た。


「はふっ……はふっ……美味しい~~♡」


 この時、あまりに美味しそうに食べるミナモの姿に、唾を飲み込む通行人も居たのだが、自分の世界に浸っている彼女は知る由もないのであった。


「泥棒~~! 誰か~~!? 捕まえてくれ~~~~!」


 この時、ナイフを手に持った狼男が宝石を抱えたまま遠くから走ってこちらへ向かって来ていたのだが、周囲の者が逃げ惑う中、一人の少女は自分の世界に浸っていたため、危険が迫っている事に全く気づいていなかった。


「女ぁああああ! どけぇ~~~~」

「え?」


 猪突猛進、テーブルの脚に引っ掛かった狼男は、勢いそのままに見事にニ、三回転し、思い切り転倒してしまう。眼前にあるテーブルと残っていたホタテ1個が突然消失した事で、ミナモは初めて周囲に起きていた緊急事態に気づく。


 散らばる宝石と、地面に転がるホタテ。そして、ナイフを持った狼男。気づけば周囲には距離を置いた状態で人だかりが出来ていた。


「てめぇら近づくな! この女がどうなってもいいのか!?」


 背後へ回り込んだ狼男がミナモの喉元へナイフを突きつける。狼男はミナモを人質にとって逃げるつもりらしい。


「……ホタテ……」

「なんだ……女?」


 まるで、哀しそうな瞳でこちらを見つめているかのように見える可哀想なホタテ。ホタテの気持ちを汲み取ったミナモの全身から水蒸気のような何かが溢れ出す。


「ちょうどよかった。狼さん、新しい力を試してみたかったんですよ……」

「何言ってるんだ女ぁ……殺すぞぉ?」


戦姫装バトルドレス投影シンクロ――水の女神・メルクリ)


 次の瞬間、巫女の衣装が弾け飛び、狼男も吹き飛んだ。ミナモの身体を水飛沫が包み込み、やがて、果実を包むころもは、水飛沫をそのまま鎧にしたかのような胸当てビキニアーマーへと変化する。可愛らしいフリルの付いたビキニアーマーは、少女を街角に舞い降りたアイドルのように見せた。


「食べ物の恨みは怖いですよ?」

「な……何なんだその格好……そうか、女ぁああ、さては痴女・・か?」


 ナイフを持ったまま立ち上がる狼男が舌なめずりをし、果実を覆う布地を引き裂こうと襲い掛かる!


闘姫武器バトルアームズ投影シンクロ!)


 メルクリボンから水色のリボン・・・が伸びる。リボンは狼男の持つナイフの柄を縛り、ナイフはそのまま狼男の手から離れる。


「なん……だとぉ!?」


 ナイフが奪われた事に一瞬狼狽するも、爪を立てた狼は少女へ襲い掛かる。しかし、既に地面を弾き、舞台上で旋回、リボンを回転させつつ狼の背後に立った少女はひとこと。


「サザナミの舞――チョウセキ」


 次の瞬間、狼男のズボンが足許へと落ちる。


「な……なんだこりゃああああ……がっ!?」


 やがて口から泡を吹いた狼男はそのまま前向きに倒れるのだった。


 潮汐ちょうせきとは潮の満ち引きを示す言葉。水の流れを投影させた舞は、ズボンを下ろしただけでなく、瞬きする間に狼男の全身を打ちつけていたのだが、気絶した泥棒狼が気づく事はなかった。


「すげーーぞ、嬢ちゃん!」

「ビキニアーマーの女神だぁ~~!」

「素敵ぃいい、抱いて~~♡」


 盗賊を撃破した事で周囲から歓声があがる。照れつつも周囲の声にお辞儀をする少女。最愛のホタテを失った事による怒りによって少女は覚醒したのである。


(いやぁ、私はただ必死だっただけで……ん? それにしても狼が言っていた痴女とかビキニアーマーって何のことを言って……)


 そう、あまりに必死だったため、少女は自身の着ていた巫女服が弾け飛び・・・・、衣装が変化していた事に気づいていなかったのだ。戦姫装バトルドレスがどのような衣装なのか、この時初めて知るのである。


「び……ビキニアーマーー!?」


 少女は叫声と共に自身の果実を両手で覆う。しかも、弾け飛んだ巫女服は気絶した狼男の横で、残念な事になっていた。


(待って……私の服……残骸・・になって……これ……どうなるのぉおおおお!?)


 羞恥により何も考えられなくなっている少女の本心はつゆ知らず、周囲の観客は彼女へ称賛の拍手を贈っている。果実を押さえたまま、その場を逃げようかと考えていたところ、騒ぎを聞きつけたのか、騎士姿の者と、メイド服姿の女性が聴衆を掻き分けやって来る。


「賊が出たのはそこですか!? 道を開けなさい!」

「ん? これはどういう事だ?」


 気絶する賊と横に佇む少女、地に落ちた宝石と帆立と巫女服の残骸を見届け、何が起きたのか察した・・・女性は、少女へ声をかける。


戦姫装バトルドレス投影シンクロは、戦闘前に終えておく事が鉄則だ。何せ服が弾け飛んでしまうからな」


 ウェイブがかった銀髪をかき上げた女性は、腰に剣を携え、銀色のビキニアーマーを身につけていた。蒼色の瞳は全てを見透かすように真っ直ぐ、その凛々しい姿は誰もが見惚れてしまうほど眩しい。優しく微笑む戦乙女は、少女へ手を差し伸べる。


「あの……あなた様は……まさか!?」

「サザナミ国宮廷騎士団騎士団長――マイ・ストラーヴァだ」


 これが、ミナモとマイ、運命の出逢いである。


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