無価値な本

朝霞まひろ

無価値な本

「お前は、いつになったら売れるのかねー?」

「ため息つきながら言うなよ。おっさんのため息なんて、俺より価値ないぜ。」

「無価値ってなら、お前と同じだろ。売れなきゃ価値はつかんよ。」

「一緒にするなよ。同じおっさんでも、俺の中には知識が詰まってる。」

「その知識は、いつ役に立つんだ。」

「いつか、俺の価値が分かる偉人が現れるんだよ。お前の使命はそれを待つことさ。」

「違う。俺の仕事は本を売ることだ。使命なんて言葉で、勝手に決めるな。」

「使命は素晴らしいものだよ。偉大で尊大で、そして傲慢なものさ。」

「なに言ってるんだ。」

「そう邪険にするなよ。店に客だっていないんだ。俺の高説に付き合えよ。」

「それならお前の使命は何なんだよ。」

「そうさな。今は、退屈そうな店員を楽しませることかな。」

「なんだそれ。使命ってころころ変わるのか。」

「そりゃそうさ。勇者だって魔王を倒せば、次の使命を見つけるのさ。」

「ほー。じゃあお前は、俺を楽しませるっていう陳腐な使命に命を燃やしてくれ。」

「俺に命はないよ。死んでるわけでも、生きてるわけでもない。」

「なら、命を使えないじゃないか。」

「そんなことないさ。俺に命はないけど、時間はある。俺にとって使命とは、目的のために時間を使うことだよ。」

「じゃあ、俺の使命はここで平和を楽しむことかい。」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。」

「はっきりしないな。」

「そりゃそうさ。使命を決めるのはお前さ。」

「なら、どうやって決めるんだい。」

「さっき、ヒントは出したぜ。」

「…目的かい?」

「そうさ。目的ない時間は、無価値ではないけど無為さ。お前とのこの会話だって、俺は何かを為そうとしてるんだぜ。」

「だとしたら、俺の使命はお前を売ることだよ。」

「なんとも、ちっぽけだな。」

「説教してくる本なんて気味悪いだろ。」

「退屈はしないだろ。」

「まあ。」

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無価値な本 朝霞まひろ @asakamahiro

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