グリモア
富升針清
第1話
「やあ、兄弟。君が本を読むだなんて珍しいな」
オフィスの紙コップを片手に、シルクハットの男がメガネ姿の髭の男に声をかけた。
「よう、兄弟。おめでとう、あんたで百人目だ」
「明日は槍が降るのかと冗談を言った悪魔が?」
「違うよ、私がいつもよりも賢く見えると言った悪魔だよ。まったく、いつもは知的ではないみたいな言い草に聞こえてしまうじゃあないか」
そう言いながら、髭の男はため息ついでに本を閉じる。
「其処迄は言ってないが、凡そ正しいだろうに。みんな大変驚いたことだろうよ」
「随分な言われようだ。まったく、本を読む気もなくなるよ」
「そんなものは元々ないだろ? 本当に読んでるの? 本当に?」
「私は酷く義理堅い悪魔でね。知ってる? 駅前の本屋がなくなるんだってさ」
「あの偏屈魚頭の本屋が?」
「そ。閉めどきだってさ。で、別れの選別にこの本を貰ったわけ。最近はこの地獄でも電子書籍の波が来てるだろ?」
「何を言っているんだ? 悪魔の本なんて大半はグリモアだろ? 電子書籍でグリモア出来ないだろ?」
「そう思うだろ? 悪魔や天使を呼び出すグリモアの電子書籍なんて、絶対にあり得ないはずよ! そう、iPhone以外ならね」
「iPhoneでも出来ないよ」
「これだから頭のお堅い時代錯誤の悪魔は困るよ。今の時代、どんな呼び出しも指一本さ」
「おいおい本当なのか?」
「本当だとも。なら私が時代に取り残されし愚かなる元宰相クラスの山羊悪魔を召喚してしんぜよう。とくと味わえ! 禁断の齧り林檎の烈震を!」
「……」
シルクハットの男の内ポケットからバイブ音が聞こえてくる。シルクハットの男は少し考えながら紙コップをテーブルに置くと、通話ボタンを押す。
「私だけど、今から来て?」
「その女悪魔一人も呼び出せない悲しいグリモアは捨てた方がいい。本でも読んで……」
『美人の悪魔の恋人が出来る本』
「なるほど、閉店するわけだ」
グリモア 富升針清 @crlss
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