50. いつものルルビッケ

 月曜日。

「カタ代表の予定は……次の君の面談日まで難しそうだよ?」

 って秘書室のメーレーさんが教えてくれました。

 次の面談は二週間後です。

 チェムさんが忙しいっていうのはあたしだってわかりますし、素直に待とうかなってところだったんですが、でっかい黒猫さんが威風堂々と事務室にやってきたのでした。


「エーラ・パコヘータ」


 午後のお仕事も半分終わったぐらいの時間で、外から戻ったばかりのプントさんやキャナードや、日誌を書いてたイアナさんたち、事務室の空気が一瞬「おやっ?」と緩み、シュシュは慌ててブラウスに顔を突っ込んできました。

 顔だけ隠してどうするんですか、もう。

「ケトさん、どうしたんですか?」

「今ならあるじも多少時間がとれるそうだ。許可を貰ってきたまえ」 

「はい。あの」

「お仕事的には?」って室長がすかさず聞いてきます。

「外回りの皆さんから装備品を受け取っておわりです」

「わかりました。学科に遅れないようにしてください」

 と、送り出されました。


 帰る時間をぎりぎりまで粘って、走って帰ればなんとかなるでしょう。


 足早にケトさんを追いかけ、協会の廊下を進みます。右側の窓からは使い魔の庭が見えます。シャモーさんに手をふりつつ、ペルメルメさんや寮長さんとすれ違いつつ、向かう先は……

「あのぅ、いつものお部屋じゃないんですか?」

「あるじは今『アカネグモの枝』の定期確認に立ち会っておるのだ」

「くものえだ?」

「なんと、知らぬのか。設備部の者にでも聞いておきたまえよ」

 教えてくれたっていいじゃないですか、って思ってたら、連れて行かれた部屋にいました。一番身近な設備部のひと。

 ルルビッケ。

「エ!」

 とだけ言って慌てて口をつぐんだ、あたしの同室人ルームメイト




「怒られたんだけどー」

「あたし悪くないですよぅ、だ」

「来るなら言ってよー」

「いるなら言ってくださいよぅ」

 あそこにいたのは、ルルビッケと、ルルビッケの先輩と、そのさらに偉いひとと、それぞれの使い魔のみなさん、秘書室長、そして協会代表のチェムさんで、なのに急に大きな声を出しちゃったわけです、あたしの友だちは。

「カタ代表とはなんのはなししたの? ていうか、いつも何話すの?」

 夜、寮の脱衣所でさっさかさっさか服を脱いでいきます。

「べつにそんな……いつもは、ちゃんと仕事してますとか、寮の生活も問題ないですとかですよ。今日は騒動の事で、ちょっと思い出したことがあって」

「ふーん」

 タオルを手にルルビッケが浴室へ向かいます。もしゃもしゃ頭からヒバリが飛び立って、主人の服の上に降りました。あたしも最後にへびを脱いで服に乗せます。

「シュシュも入りますか?」

「イー」

「使い魔は浴室入れれれれない。おこらられれるるー」

 そうでした。残念。


 湯沸かしを前に、おいでませ火トカゲ。

 隣の湯沸かしでは、ルルビッケの火トカゲが賑やかにめらめらと燃えています。

「おりゃ!」

 と元気な声がするので一歩よけます。熱いお湯のしぶきが飛んできますんで。

「おほー! あっつー!」

 いつものことです。

 いつものルルビッケ。



 あの部屋で見た『アカネグモの枝』。

 見た目は枝って感じでもなくて、ネズミよけの柵でかこまれた碧い金属の杭でした。

 二パソの深さまで打ち込んであるそうですから、ちょうどルルビッケひとりぶん埋まってることになります。

 あの杭を支えにアカネグモが地下に網を張り、その網がシュダパヒの街を悪いモノから守っているんだそうです。

 網と言っても、普通の目でも魔力視でも見えないの網で、疫鬼プラッガだとか、イガライラムシだとか、ささやき猫だとかがかかるんだって、チェムさんから聞きました。

「婆猿はかかりませんでしたね」

「あそこまでしっかりに来てしまうとね。こちら側で対処するしかないわ」

 チェムさんが薄く笑って肩をすくめました。

 設備部の人たちはみんな帰っていき、秘書室長はぶ厚い扉の外。あたしとシュシュと、ケトさんとチェムさんだけが部屋に残りました。頑丈そうな壁と、太い格子のはめごろし窓の小さな部屋。

 椅子もない部屋なので立ち話です。なんだか悪いことをしちゃった気がして、とにかく早く話すことを話してしまおうと思いました。


「エンリッキおじさんのことで、ひとつ思い出したことがあるんです」


 手短に。お母さんは避妊薬と性病の薬をエンリッキおじさんから買っていたと伝えました。それから、お母さんがあたしをどなったり、ぶったり、締め出したりするようになったのは、大きな娼館から紅灯べにあかりの家に移った後で、エンリッキおじさんが来るようになったのもその頃からだと伝えました。

 チェムさんは「わかりました」と短く答えました。設備部のひとや秘書のひとと話す時と同じ、お仕事用の声でした。


 そこから、すこし柔らかい感じになってチェムさんは言いました。


「そろそろ面会に行く頃じゃなかったかしら。クレモントからは、だいぶ落ち着いて来たと報告を受けているわ」

「はい。実は、昨日行ってきたんですよ」

「あら」

 ちょっと素の雰囲気が見えました。もう少し話そうかなって思ったんですが、コンコンと扉を叩く音がしました。秘書さんです。もう時間なのでしょう。

「エーラさん、実は私からも伝えておきたい事があったんです」

 チェムさんが少し早口になりました。


「月明かりの魔女記念公園で、再現実験をする話がでているわ」

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