4. たくさんの大人と、お母さんと、あたし
46. もしかして、客
雷が通り過ぎた道を、ぱしゃりぱしゃりと歩く土曜日の午後です。
どろどろどろって低い唸りが遠くから聞こえますけれど、魔力視を開いても
あんなに黒くて重たくて強そうだった雲はやせっぽちの穴あきになって、隙間から光を漏らしていました。
魔法協会への道からふたつ横道に入って、水たまりをよけながらすすみます。みっちり立ち並んだ建物から
あ、いましたね。
はす向かいの屋根の
そのまま本物と作り物のガーゴイルたちを通り過ぎて、足をとめます。
このあたりだってスーリは言ってたんですけど……。
きょろきょろしながら、建物の名前が書いてあるプレートだとか、戸口に吊り下がった小さな看板だとかを読んで回っていたら、首元から群青のへびが伸びあがってきて、こんな事を聞かれました?
「シュじん、しゅシューは、ナに?」
「しゅシュー? シュシュのこと?」
「ちガう。シュシュとしゅシューはちガう。るるびッケにキいてたこと」
「ルルビッケに……ああ! それは
「しゅシュう」
「ししゅう」
「エーラ
ってルルビッケが大声を出したので、スーリの
『デカちび
ふたりでそーっと後ろを振り返れば、食堂の向こうのほうから色鮮やかなスーリが小さな黒目でびんびんとにらんできてて、真上の天井に使い魔のイコ。
コウモリの魔法が、スーリの声を耳元まで飛ばしてきたんです。
食堂に集まって、特別訓練の講師を待っているところでしたから、そりゃあ、そのぅ、怒られます。
あたしはできるだけ小さな、でも隣のルルビッケには聞こえそうな声を出しました。
「あたしは刺繍しないんですけど、とにかく、安い
『聞こえてんよ』
黙りました。あたしが空気のあじを感じるみたいに、スーリは耳を良くできるんです。講師のひと、まだ来てないんだからいいじゃないですか。
『そわそわしないで待ってろ』
すみません。
『
ちらっと後ろをうかがいました。アゴで「前向け」ってされました。
昨日、お母さんからお手紙が届いたんです。
宛名にはちゃんとあたしの名前が書いてあって、でもお母さんにとってエーラは悪い子ですから、悲しくなる心の準備をして、ああ書いてあったらこう思う、こう書いてあったらああ思う、って充分に考えてから、封を切りました。
拍子抜けです。
エーラに対してもカーラに対してもとくに何も書いてありませんでした。
ただ、便箋には迷ったような書きかけの文字や消された行や、他と繋がらない文がひとつふたつ散らばってたりして、べったり重い気持ちになりました。
誰に向かって話しているのかわからない文章を読んでいくと、どうやら刺繍の道具を貸してもらえることになったようで、付き添いがあればハサミと針を使う許可が出るみたいです。あと、次からの面会は格子ごしではなく、同じお部屋に入って良くなったっていうのがすごくはっきり書いてあって、最後に白い
だから
壁に雨だれの跡が重なる建物の、外がわの階段に四枚目の看板を見つけました。丸い鋳鉄の看板には、針と糸を模した模様が透かし彫りになっていました。
「しシュう」
「言えましたね!」
階段をぱしゃぱしゃと昇って、そのまま建物の裏側に回り込んだら古めかしい扉があって、覗き窓越しにいろんな生地やボタンが見えました。
「しばらく隠れててくださいね」
帆布のかばんにへびをしまって、扉を開けます。小さな鈴の音がします。なにか魔法で使う香木みたいな匂いもします。舌を出して味見します。どこか馴染みのあるあじが混ざっています。
「いらっしゃ……い?」
って声に顔を向けたら、そのあじの持ち主、犬みたいな顔の同僚がいました。
「キャナード!? 何してるんですか?」
「
それは今日のあたしの髪型ですね。
「質問に答えてもらっていいですか?」
「店番なんだけど……あのさパコヘータちゃん、もしかして、客?」
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