45. いろいろあるけど、魔法使いをしています。

「エーラ。エーラ? エーーーーーーーーーーーー」


 わわ。聞こえてます、聞こえてます!


「急にボケッとして、どしたー? そんなに甘李ミラベル美味しかった?」 

「はい。あ、でもぼんやりしてたのは、考えごとしてたからですよ!」

「そっかそっかー」

 って、ルルビッケがニコニコしてます。なんですか。

「わたしがいない間にいろいろあったんだね」


 いろいろ。


 ルルビッケが言っているのは、アコーニの怪我のこととか、鞄探しのことだと思います。

 今日のお昼ごろに帰ってきて、アコーニが怪我したって教えるなり、ばぁん! と部屋を飛び出していって、斜め上からわあわあと声が聞こえました。

 声、ほんとにでっかい……。



 いろいろ。



 ベッド上の、着替えだとかを並べる棚では、シュシュが昼寝をしています。


 金曜日までのまるまる二日間、ぜんぜん話してくれませんでしたし、たまにびぃびぃしゅうしゅう唸るばかりでしたので、病気なのかと心配になりました。

 でもへびを使い魔にしている人は女子寮にいませんし、ジケに相談しに行ったんです。ヤモリはへびに近いから、なにかわかるかもしれないと思って。

 ジケは鼻血を出してました。

「やりすぎたー」って言ってました。

 鼻をつまんで上を向いて、ふごふごしながら教えてくれたんですが、

使づがは病気しないよー」

 あっ、そうでしたね……。

「シュシュ公、悩み事かー? おれと飛び降りごっこするかー?」

 ミーミーの提案には「はい?」って思ったんですが、机や物置棚から跳んでベッドにボテボテ落っこちるの、シュシュは楽しかったみたいです。

 ジケの鼻血が止まった頃には、シュシュの鼻の皮がめくれていて。めくれていて!?

「えっ!? ええっ!?」

 って慌てたあたしに、ジケがとても得意げに胸を張りました。

「それ脱皮!」



 いろいろ。



 脱皮が終わって、部屋に戻って、シュシュの身体を拭いていた時でした。

 上手にするっとむけたね、ってジケが言っていましたから「褒められましたね」って声をかけたんです。そうしたらあたしのへびは「シュシュ、かんがエた」って唐突に話し始めました。


 ――シュじん、アコーニとなかよくするの、きっといいこト。シュシュ、じゃまシたくなイ。

 アコーニひどいことシた。まだシュシュ、ゆるせなイ。でもアコーニ、アやまった。なにシたか、わかっタ。シュシュはそレ、わかっタ。だからシュシュはもうイイ。イイ。でも、シュじんがアコーニにあう時、かくれたイ。アコーニが近くイる見る、シュエットが近くイる見る。まだコワい。シッぽ、ゾワゾワすル。だからかくれたイ。


 二日ぶりにお話をしてくれて、そしてこんなにいっぱい考えてくれていて、あたしの胸の奥からぎゅうっと熱いものが押し上げられてきました。あたしは思わずベッドにシュシュごと倒れ込んで、ベッドとあたしのあいだで世界一きれいなへびをぎゅうぎゅうにして、そのさらさらとした鱗に頬といわず鼻と言わずこすりつけました。

「わかりました、シュシュ。わかりました。ありがとう。シュシュ。アコーニと会うときは、おまえが怖くないようにします。おまえが考えてくれたように、あたしも考えます。ありがとう」

 

 しゅるしゅるとあたしの下から抜け出したへびは、重かったぞといいたげに、ふっしゅううう、と鼻息をふきました。



 いろいろ。

 


 画家のおじさんは、がんばれよって言ってくれた後、気難しそうに咳払いをして立ち去ろうしましたが、ユベニーさんに止められました。だって、あのひとはおじさんを紹介しようとする途中でしたから。

 それで、おじさんの名前を聞いたアコーニが大興奮してました。子供のころに好きだった本の表紙と挿絵を描いたのが、エスタシオさんなんだそうです。すごい早口で感動を伝えて、握手してもらって。

 あたしにとってのエスタシオさんと、アコーニにとってのエスタシオさんは全然違うひとで。

 そして三月のあたしと、八月のあたしは、エスタシオさんにとっては少し違うひとだったみたいで。



「あの、ルルビッケ?」

「なにー?」

「ルルビッケからみたら、あたしは何のひとですか?」

「ん? ん? んー? ともだちだよ? そういうんじゃなくて? じゃあ女子寮の同室人ルームメイトで、えっと、三月終わりに突然やってきたちっこい子で、あとなに? 十歳に見えたけど十三歳とか? あそうだ、魔法協会の調査部の魔法使いで、最近かっこいい仕事した人。そうだよエーラ! 新しい魔法見せてよ! 『へびは空気を色づける』のやつ。なにか適当に……この甘李ミラベルを隠してみるからさ、見つけてみて! 中庭いこう!」


 ぱっ、とルルビッケが椅子から立ち上がって、ポプラの木みたいに見下ろしてきます。あたしもつられて立ち上がりました。

 「何のひとなのか」に「ともだち」って即答されて、すごい勢いでいろいろ出て来て、圧倒的ですルルビッケ。


「あれ? エーラ、背のびた?」

「一週間でそんな変わるわけないじゃないですか。また適当なこと言ってません?」

「うーん、伸びた気するけどなー」



 あたしを許さないひとがいて、あたしが変わったと言ってくれたひともいて、あたしに歩み寄ろうとしてくれるひともいて、あたしのしたことと関係なく接してくれるともだちがいて、あたしは一人ですけれど、でもあたしと接したひとの数だけ、べつべつのいろいろなあたしがいる、んじゃないかって思いました。

 そのいろいろのあたしが、なるべくいいひとだったらいいな。



「かくしたよー!」

 ってルルビッケが走ってきます。速いです。

「シュシュ」

「あイー」

 目を閉じて集中し、顔をあげて、舌を出しました。



「へびは、空気を色づける」



 あたしはエーラ・パコヘータ。

 いろいろあるけど、魔法使いをしています。



<<3. 顔を上げて、舌を出して 了>>



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る