41. 路地裏のガラクタを前に

「鞄だけでも見つかったんだ。良し良しだわ」

 プントさんはそう言います。

「盗まれた物が帰ってくることなんて、まずあり得ないんだからよ」

「そうですね。そうですよね」

 って思いますし、口にもしたんですが、中身もあればよかったのにって思わないのは……難しいです。

 体にぼんやり熱がこもっていて、足も重たく感じました。

 自分の鞄を肩にかけ、アコーニの鞄を前に抱え、革の匂いを感じながら、きゃあきゃあと賑やかな通りを歩きます。

 また来た、と言わんばかりの視線が粘っこいです。あんまり目を合わせないように顔を伏せていたのですが、視界の端っこにと近寄って来る男の人の足が見えました。

 きゅ、っと肩に力がはいりました。


「あらあらあらあら、あんた方昼間の」

 妙に明るくて大きな声。酔っ払いさんでしょうか。

「おやおや、昼間はお騒がせしましてどうも」

 プントさんがお仕事用の声でこたえます。


 立ち話を聞くと、どうやら昼間の幽霊対応を見た人のようでした。キャナードも言っていましたけど、かなり暴れる幽霊だったようです。

「とはいえ、もうあそこの幽霊が出ることはありませんから」

 と話を終わらせようとしたプントさんに、酔っ払いさんは食い下がりました。

「あの路地のゴミもまあまあまあまあ散らかって、大変でしたわ。協会さんの方では掃除しないもんなんですねえ」

「いや、申し訳ない。路地からはみ出た部分は戻したんですがねえ」

「『がねえ』じゃねんだよ」


 急に怒るタイプの酔っ払いでした。


「あそこでひと暴れしたんだからお前、全部片付けんのがスジじゃないのかってぇ話をしてんだよ!」

 うわぁ……。むちゃくちゃなこと言ってます。お酒のにおいが頭の上から漂ってきました。

「だいたいあんたら後片付けしねえよな!? 婆ァ騒ぎん時だってよぉ! あれもがしでかしたことだろうがよ!」

 びくっ、てなりました。息が、いきが詰まって。

「俺んチだって窓破られてなあ! ガキがすっ転ばされてなぁ! どうしてくれんだぁあん!? だいたい頼まれた事だけやって、それでおしまいって、なあ? 『魔法は人のために』じゃあないんかよ!?」

 婆猿ばばざるで、怪我させて。

 あたしは「ごめんなさい」って言わなきゃいけないのに、舌が口の奥に隠れようとして動きません。ただただ、怒られるのが、怒鳴られるのが怖くて動けなくて、襟首を後ろに引っ張られました。

「きゃん!」

 見上げたらプントさんでした。

 あれっ、と見上げて見回して、そしたら酔っ払いはぜんぜん関係ない方向に怒鳴ってました。

 怒鳴ってる先には、青紫の蝶々がひらひらしています。

「蝶は誘い惑わす、ってな」

 プントさん、いつの間に発動したんですか。

 蝶々パピがひらひら飛んで、酔っぱらいはふらふらとついて行きます。その間に、あたしたちはそっと離れました。

 でも、人を操る魔法って、いけないことなんじゃ……

「使い魔に、ちまたの不満を聞き取らせてるだけだ」

 とぼけるプントさんを、キャナードが子犬みたいな顔で見上げていました。

「あの、あたし」

「騒動のことは上層部が調べてんだろ? おれたちは知らん知らん。日々の業務をやるんだよパコヘータ、お前も」

「……はい」

 胸の革鞄を抱え直しました。日々の業務。今日のあたしの、しごと。

 これでおしまいで、いいんでしょうか。

 いいもなにも、鞄は見つかりました。本当に良かったです。でも、これでおしまいにして帰るのかって思うと「いいのかな」って考えてしまいます。


 さっきの路地にさしかかりました。表通りの明かりのおこぼれに照らされた、不要なガラクタのたまり場。ここに、アコーニの鞄も落ちていて……落ちていて?

 

「プントさん!」

 

 数歩先でプントさんとキャナードが振り返りました。


 マートル裏には、泥棒を追い回して遊ぶ人たちがいます。近くで泥棒がでたら、どんな人か、どんなものが盗まれたのかが噂で回り、それらしい人をこぞって追いかけるんです。

 だから、盗んだ鞄をいつまでも手元に持っているなんていうのはマヌケのすることで、マヌケは殴られても蹴られても仕方ないよなって、近所のお兄さんたちが泥棒を小突き回しながら笑っていたのを覚えています。


 ひったくりはきっと、盗んだ鞄をここにんです。お財布とか、あとはすぐお金にできそうなものをポケットに入れたら、目立つ鞄なんて捨ててしまうのが常識だから。

 その鞄の上にキャナードは転び、さっきの家の子が拾って持ち帰った。そういうことなんだと思います。


「あたし、鞄しか探してませんでした!」

 眉をひそめてプントさんが戻ってきます。


 幽霊対応でいろいろ散らかったのなら、鞄の中身だって、そこらに散らばっておかしくありません。

 あたしたちは鞄を探していました。それ以外の物を見つけるつもりはありませんでした。少なくともあたしには。

 今、手元にはその鞄があります。この中に残る空気のあじをさらって、路地の空気と比べれば、きっとまだ見つかるものがあるはずで。

「もう少しだけ、お願いします」

「おいおい勘弁してくれ。まだ働くのかよ……」

 とプントさんはため息をつきました。なんとか説得しようと思ったら、続きがありました。

「帰りは馬車を頼もうぜ。経費の書類、明日書けよな」

「はい!」


 あたしは魔力を吸い、路地裏のガラクタを前に顔を上げて、舌を出して、シュシュに呼びかけました。


「へびは」

「くうキをいろづけルー」

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