38. キャナードの背中

「つまりパコヘータちゃんは……お友達の鞄を、探して欲しい……?」

 そうですってば。

 声の主を軽くにらみました。パト・キャナード。十四歳の見習い調査員、男子、ひょろっとして色白、使い魔未定、ちゃんづけされる覚えなし、です。しかもパコヘータにつけてくるのがさらにです。


 アコーニの鞄の特徴、たとえば中に大学に行くための書類が入っているだとか、革製で四角いだとか、肩のベルトにミミズクの爪跡があるとかを話したのですが、皆さんピンとこないみたいでした。

 普通の仕事じゃないことを頼んでいるわけですから、こう付け加えます。


「できればで、いいんです。もし見かけたら教えてほしくて」


 まぁ。じゃあ。見かけたら。

 そんな感じの頷きがちらほら見えて、朝礼はおしまいになりました。


 皆さんそれぞれ、てきぱきと調査の準備を始めます。使い魔も動くのでなかなか賑やかです。

 あたしもシュシュを首に巻いて、とおり笛だとか、モノモノ小箱だとか、雷精管だとか、事前に頼まれていた小物類を机に並べて、貸出票に署名をもらっては渡していきます。

「アコーニ、いろいろ大変だね」

 って他人事みたいに言ってきたのは女子寮住みの一人でした。

「怪我、ひどかったです」

「ふーん。あなたもよくやるね」

「……えっと、装備品、何か頼まれてましたっけ?」

「ああ、邪魔だった。ごめんね?」

 ってどこかに行きました。

 寮でのアコーニは「釘蛇の呪いを実行して失敗して迷惑だった人」で、あたしは「その呪いの対象だったけど、呪いの蛇を使い魔にした子」という組み合わせですが、というのは全然わかりません。借りる物ないのに何しに来たんですか。

「パコヘータ?」

 お仕事!

「はい! えっと、虫除けこうが七つでしたね」

「ありがとう。鞄、気を付けてみるわ。ミネーリって研究室の若い子?」

「はい。寮で班が一緒なんです。よろしくお願いします」


高等教育修了試験バキャロヘア、うちのせがれも受けるんだよ。いまから再発行だと、ちょっと今年の試験は間に合わないんじゃないか?」

「そうらしいんです。だからなんとか、書類だけでも見つかってほしくて」

「魔法はかけてなかったのか? 『辿たど』とかさ、そしたらすぐ見つけられるだろ」

「かけなきゃ、って鞄を下ろしたところを盗られたらしいんです」

「ああ、それは間の悪いこったなぁ。ともかく気にしておくわ」

「ありがとうございます。ええと、モノモノ小箱と、あとマッチですね」


 気が付けば机の上には、トネリコの棒が二本残っているだけでした。

 忘れてるのかなと思って、あたしは棒を手に椅子の上に立ちました。

「プントさん。幽霊殴ゆうれいなぐりです!」って、棒を振って見せましたら、プントさんはキャナードをお使いによこしました。 

「ん」

 って手を出してきたんで

「ん」

 って幽霊殴りを二本渡し、ほんとはダメですけど、代筆で署名をもらいます。

 これで朝のひと仕事おしま……なんでまだいるんですかキャナード。

 他に用があるのかと、しばらく見てたんですが「えっと」って、斜め上あたり、とにかくあたしじゃない方向を見てました。

「どうしたんです?」ってきいたら、やっと喋り始めます。あたしを見ずに。

「さっきのさぁ、どの辺でられたって言ったっけ?」

「鞄ですか? 第二緯糸大よこいとおおとスカルバ通りの交差点……なんですかその顔」

 大黄ルバーブでも噛んだような酸っぱい顔でしています。

「今日、そっちのほう行かないから、手伝えないかも。ごめん」

「そんなの……」顔と態度は変でしたが、手伝おうと思ってくれたんですね。「謝らなくていいですよ」

 プントさんが呼んでます。あたふたと戻ろうとする背中に「キャナード」って声をかけました。


「幽霊対応ですよね? 気を付けて」


 振り返ったキャナードの顔は犬っぽかったです。あたしを指さして、次に自分の頭を指さしてなにか言おうとしたところ、プントさんにひっぱたかれて連れて行かれました。


 へんなの。


 静かになった事務室で、まずは貸出票のまとめです。

 まとめたら室長に確認してもらって、ルーランさんのところに持って行って、帰りに受付から調査依頼書をもらって、依頼の分類を確認して室長に割り振りをお願いして、出向のない人のおしゃべりに付き合ったりしているうちにお昼です。パンをちびちびちぎって食べます。


 ぺり。みつかる。

 ぺり。みつからない。

 ぺり。みつかる。

 ぺり。みつからない。

 ぺり。みつかる。みつかれ。

 お昼ご飯おしまい。

 

 午後になって、ちらほら出先から皆さん戻ってきましたが「いやぁ」って顔に「大丈夫です大丈夫です」って顔でお礼を伝えます。


 大きなシュダパヒから鞄ひとつ。

 もしかしたら、ひょっとしたらと思っていましたが、そんなに簡単なはずないですよね。


 装備品をそれぞれ返してもらって、補修が必要になった物とそのまま返す物とを分けて返しに行きました。

 この後に戻ってきた分は明日の返却。

 そろそろお仕事も終わりの時間で、まだ戻ってきていないのはプントさんと……あ、戻ってきました。

 プントさんはそうでもないんですが、キャナードはなんだか汚れています。


「幽霊対応、大変だったんですか?」

 って、煤けてしまったトネリコの棒を受け取りました。キャナードはやっぱりあたしを見ません。でも返事はしてきます。 

「結構、元気のいいやつで、ぼく転んじゃって」

 転んだのが恥ずかしいのか、言いっぱなしで、くるっと背中を向けられました。

 その瞬間に、頭の中身を布で撫でられたような感じがしました。

「キャナード、待ってください」

「えっ?」

「振り向いちゃだめです。戻って。背中、そのままで」

 シュシュも同じ空気を感じたみたいで、あたしの左腕からキャナードの背中へにゅっと伸びます。あたしも席をたって、頼りなく曲がる背中に点々とついた汚れに目を閉じ、舌を出しました。

「ちょっとパコヘータ?」

 って声が聞こえましたが、いったん無視です。

 においます。それの空気のあじも入ってきます。何の空気だかわかりませんが、まとめて「ゴミ溜めっぽい」の箱に放り込みます。でもこの中に、確かに感じました。

 

 ――この中入って。いいよ。蛇くんが嫌かもだけど。


 お菓子屋さんの前、みっつのベルの音。あたしの命令でずりずりと入っていくシュシュ。舌と鼻から思い出す、音や暑さやうろこの手触り。

「あの、ぼく、日誌書くから」

 っておたおたしてるキャナードの前に回って、ぐっと見上げて聞きました。


「あの、転んだのって、どこのゴミ溜めですか?」

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