34. 今回はわたしら先輩に任せな

 空に残っていた藍色の部分も黒になって、夏の短い夜が始まっていました。

 スーリとジケがやって来て、ペルメルメさんの部屋に魔法使い四名と使い魔三名。ペルメルメさんは自分のベッドに腰かけ、ジケがその隣。あたしはペルメルメさんの机の椅子。スーリはアコーニの椅子です。

 シャモーは大きいので下ですが、他の使い魔は主人のそばにいます。


「こういう時は慌てない」

 ってペルメルメさんに言われました。

「慌てると、別の失敗をしたり、事故になったりしちゃうわ。いい? 危害の度合いに関わらず、主人の心の動きにも使い魔は反応してしまうものなの」

 わかりました、って頷きます。ジケも頷いています。

 スーリが続いて言いました。

「実際には何の怪我もしてなかった、なんてこともあるんだ。つーか、わたしの実体験。それも踏まえつつ、アコーニを探しに行く」

「外に出るのは私とシャモー。捜索にイコ、連絡にミーミーを借りるね」

「ジケとエーラちゃんはわたしと待機だ。イコはなるべく捜索に専念させたいから、アコーニと入れ違いになったり、シュエットだけが伝令に戻ってきたりなんて時には、ジケからミーミーへ念を送ってほしい」

「わかった」

 ジケが硬い返事でうなずきました。念送り。魔法のやり取りの応用で、使い魔と主人の間で「気持ち」を送り合うことです。

「あの、あたしとシュシュは? アコーニのにおいを覚えてます。探せると思います」

「今から外出許可取れんのは、班長と副班ふくはんだけだからなぁ。シュシュくんだけなら連れ出せなくはないけど」

 スーリが「大丈夫か?」って顔をしてます。あたしは……言葉が出ませんでした。

 怖がりのシュシュを、あたしから離して、しかも探すのは嫌いなアコーニです。途中で取り乱すかもしれませんし、気づいたことをペルメルメさんにちゃんと伝えられるでしょうか。

 べつべつで行動した事なんてありませんし、あたしからの念送りも、自信がありません。もし、アコーニが危ない目にあっていたら、そこに駆けつけて、でもシュシュはどうしていいかわからなくて、びぃびぃと草笛みたいな声でなきだしてしまって――。

「わかった。シュシュくんもわたしと待機だ」

「あっ、でも、命令すれば」

「だめよ」

 ってペルメルメさん。

「こんなこと言って悪いのだけど、私も連れていくのに不安がある。あなたたち、まだ出会って二週間でしょう? 無理しないで。使い魔にも無理させないで」

「そういうことで、今回はわたしら先輩に任せな」

 言いながら、スーリがコウモリステッキをコウモリごと窓から外に伸ばしました。

「イコ、今の話をシャモーにも伝えといて。魔法は遠慮なく使っていい。迷子のアコーニをばっちり見つけて来なよ」

 イコがキっキっと甲高く笑いました。

きみも人使いが荒いこと」

「使われな、使い魔」

「仰せのままに……」

 コウモリがジグザグと、夜の中に飛んでいきます。

「外出許可取りに行くね。着替えちゃうからみんな出て」

 とペルメルメさんに急かされ、あたしたちは部屋を出ました。


 スーリはあたしとジケを連れて談話室に向かいます。

 仕事の後でアコーニがどこへ向かったのか、手がかりが欲しいという事でした。

「誰か、知ってるひといる? ちょっと見かけたとか、そういうのでいいんだけど」

 問いかけにはみんな首をひねっていましたが、ひとり、アコーニを見た人がいました。協会を出て西側、つまり女子寮とは反対側に向かっていったそうです。

 あたしはそっちのほうには行ったことがなくて、何があるのかもわかりません。

「楽譜売りさんに会いに行った、とかでしょうか?」

「ちびエーラちゃんと約束してんのに、男に会いに行ったって? さすがにそれはないんじゃないかな」

「あっちって、お役所とかがある地区だよね?」

 とジケが言いましたが、スーリも見当はつかないみたいです。

「官公庁街から攻めるのはいいとして、協会から西側ってだけだと、いくらなんでも広すぎる……」

 スーリは腕組みしてぶつぶつ呟いています。でも、すぐに小さな黒目を見開いて言いました。

「こっちにイコがいて、あっちにはシュエットがいるんだ。イケんだろ」



 そして中庭。



 ペルメルメさんがシャモーにまたがりました。ちゃんと協会の上着をきて、ズボンに短靴です。

 シャモーがと草をすりつぶすみたいに歯を軋ませていました。

白金プラチーヌちゃんをひどい目に遭わせるような奴ぁ、このシャモーさんが第一胃と第二胃の間で永遠に反芻はんすうしてやるさね」

「いい考えだけど、私が許可してからお願いね」

 とシャモーをたしなめ、ペルメルメさんはあたしたちの方を見ました。

「寮長と寮母さんには話をしたから、スーリ、あとはよろしく」

「あいあいペル姉。任された。手筈はさっき伝えた通りで。シュエットならイコの声に反応してくれるはず」

 このやりとりの横で、ペルメルメさんの脚にジケが話しかけています。

「ミーミー、しっかりね。ペルメルお姉ちゃんの邪魔しないでよ」

「わーってるって御主人サマ」

 そこに月光ヤモリが貼り付いていました。

 ペルメルメさんがジケを手ぶりで下がらせ、そのままシャモーの首を軽くたたきました。

「行ってきます」

 あたしは正門まで走って重たい鉄の門扉を引っ張りますが、門は重くてなかなか動きません。ジケがすぐ来てくれて、ようやく開けることができました。

 ラクダのお尻と魔法使いの背中が、ガス灯の光に浮かんだり沈んだりしながら遠ざかっていきます。それを見送りながら、ぽつんとこぼしてしまいました。


「あたし、なんにもできないんですね」

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