33. シュエット。いささか、なんですか?
シュエット。
いささか、なんですか?
いささか、どうしたんですか?
どうして最後まで言わないで飛んでっちゃったんですか?
あたしは約束通り、談話室で待っていました。
ペルメルメ班の人は誰もいませんでしたが、室内のいくつかの丸テーブルや、火トカゲ式湯沸かしの周りには、お茶を飲んだり、札遊びしたりする寮生の姿もありました。
あたしもシュシュを肩から斜め掛けにして、隅っこの丸テーブルに使い古しの参考書「新抄版『モノ』第二版」を開いて、妖精とか妖魔とか呼ばれるモノたちの一覧を指でなぞり、内容を暗記しようとしていました。
たとえばですね。
・
・エセキシミ。はっきりとした姿は持たず、軋んだ床の直上に在るモノ。床や扉などの木製の構造体から辿って呼び出す。木材が軋む音を立てられる。職人によってはこれを利用し、音の違いで、壁や床の裏側の構造材を推量する。
・エックシ。綿埃に似る。生物のくしゃみから辿って呼び出すが、タイミングが限られる。対象にくしゃみを引き起こす。対人魔法指定あり。使用の際には十分に留意の事。
・ハコツツギ。浮動する銀白色の多面体で、絶えず形状を変える。生体が骨折した瞬間に辿って呼び出すが、タイミングが非常に限られる。骨の生長に寄与する。折れかけの骨を折りきって呼び出し、骨折治療に利用する場合が多い。
「――もっと簡単な言い方で書いて欲しいですよね」
シュシュにぐちをこぼしたら、急に風にあおられたんです。音もなくテーブルに舞い降りたミミズクの羽ばたきでした。
「我が
ここで首をぐるん! と回して、シュエットは丸テーブルのへりを蹴って飛びたちました。
かりっ、と爪がテーブルをひっかく音が耳に残りました。
いきなり来たんでびっくりしたんですが、びっくりが終わる前に、アコーニの使い魔は談話室から廊下へすごい勢いで飛び出ていきました。
ぜったいに続きがある口調だったのに。
シュエット。
いささか、なんですか?
いささか、どうしたんですか?
どうして最後まで言わないで飛んでっちゃったんですか?
談話室の寮生たちが一斉にあたしを見てきます。
あたしは首をぶんぶん振って、何もわからないことを主張しました。
あたしじゃないですよ。何もしてないのに、ミミズクが急に。もうさっぱりです。
そういう顔でやり過ごします。
シュシュも頭をもちあげて、首を振っています。ぶんぶん。
わかったことは、シュエットがアコーニを「我が
ここにいても仕方ないですね。アコーニはペルメルメさんと同じ部屋です。
「シュシュ、お部屋行きましょ」
って椅子から降りようとおしりをずらしたらジケ。
「うわぁ、勉強してる……」
ずんぐりしたカップを、ミーミーごと手にぶら下げています。
「だってお給金上げたいですもん」
「上がるのちょっとじゃん」
「お手紙一回分は大きいですよぅ。あの、ジケ。アコーニ見てませんか?」
「えー、見てなーい。まだ帰ってないんじゃない?」
ジケがちょっと身構えたので、あたしは今朝の話をしました。
そういう、ピリピリしたことではなくて、とにかくちゃんとお話をしようってことになって「だから待ってるんですけど――アコーニは
「うん。全部履修済みのはず。なんか居残り業務でももらっちゃったんじゃない? 待ってれば来るよ」
そうなのかなぁ。
椅子から降りようとずらしたおしりを、また落ち着けます。でもなんだかすっきりしません。
ジケも気になるみたいで、カップをぶらぶらさせて、首をひねっています。
なんとなく落ち着かないあたしたちに、ひとりの寮生が近づいてきました。あたしの隣の部屋の人です。なにか怒られるのかなと思ったんですが、そうではありませんでした。
そのひとは、遠慮がちにこう言いました。
「さっきのちょっと見ちゃったんだけど……そんなのんびりしたこと、言ってられない、かも」
* * *
寮の階段を駆け上がります。三階まで。
「スーリにも知らせてくる!」
ジケが踊り場から反対方向に走りました。あたしはペルメルメさんの部屋を目指します。
談話室で話しかけてきた人は、こう続けました。
――何年か前にね、私にも似たようなことがあったの。同じ部の同僚が使い魔で届け物をしてくれたんだけど、その使い魔が受け渡しの最中に荷物をほっぽって帰っちゃったことがあって――
「ペルメルメさん、ペルメルメさん、いますか? 開けてください!」
部屋の戸を叩きながらあたしは、こんな想像をしました。どうしたの? って扉をあけるペルメルメさんの後ろにはアコーニもいて「今行こうと思ってたの」って言うんです。
でも、そんなことはありませんでした。
「どうしたの?」
と開けてもらった扉の向こうには、ペルメルメさんしかいませんでした。
――ほら、使い魔って主人を第一に行動するじゃない――
勉強はしました。シュシュと出会って、あらためて教わりました。
でも、さっきのシュエットがそうだったなんて、ぜんぜん考えもしませんでした。
使い魔は主人への危害に反応するんです。
――私のときは、知り合いはガス管の爆発に巻き込まれてた。
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