31. 知ってるかぎり一番乱暴な言い方

 どっどっどっどっ。

 ラクダが走っていきます。その背中に跨がったペルメルメさんの、つやつやな黒髪が揺れています。シャモーはでっかいので馬車道を行くんですが、ゆっくり歩くと道が詰まって馭者ぎょしゃさんたちに文句を言われるんだそうです。

 走るの嫌いじゃないらしいんですが「それはそうと馬どもはせっかちで良くないねェ」ってロバのアーヌさんや白山羊のチェブリーさんと話していました。

 シャモーとペルメルメさん、ちょっとした有名人なんですよね。ペルメルメさん美人ですし、乗ってる姿もきれいだなぁ、って。

 こういうの「みとれる」って言うんですって。


 濃い紺色に赤い襟の夏服を着て、寮生たちが使い魔といっしょにどやどや出勤します。

 あたしも慣れましたけれど、やっぱりとっても賑やかです。毎朝見に来るお爺さんやお婆さんもいます。おはようございます。

 そんな中にあたしはアコーニの背中を見つけました。

 背負い鞄の肩ベルトにシュエットが止まって、首を機敏に回しています。


 あたしは夏服の襟ぐりをひっぱりました。覗き込んで、おへその上のへびの頭に声をかけました。


「ね、シュシュ。あたし、いまからアコーニとお話をしに行きます。おとなしくできますか?」

 群青の頭がするする上がってきて、一度後ろに反り、あたしと正面から向き合います。

「シュじん、アぶなくないカ?」

「大丈夫ですよ――釘、痛かったですよね。シュシュ、きっと怖かったですよね。でも、あたし、いっしょですから。もうあんな事はさせませんから。だから咬みつこうとしたり、しゅうしゅうしたりしないで、そばにいてください」

 シュシュの頭があたしの首の後ろをまわって、右の頬のあたりにやってきました。目元から伸びる朱い模様がよく見えます。

「ワかった。シュシュ、おこらなイ」

 あたしは思わず、その模様のあたりにキスしました。草笛みたいな声を出して、シュシュの口が半開きで固まりました。あたしも固まりました。


 ほっぺにキスするの、お母さんとか、エンリッキおじさんとか、あと、うんと小さい時にお父さんにもしたことありますけど、みんな普通の反応でしたから、こんなふうに固まられると、照れるというか困るというか。


「い、いきますよ」


 寮生たちの間をぬってアコーニの背中へ小走りです。シュシュの身体にぎゅーっと力がこもったので、あたしはその頭をてのひらでくるんで、首の周りをほぐしてやります。

 深呼吸して気持ちを落ち着けて近寄ったら「なに?」って気づかれました。シュエットがひくーい声でとひと声たてたのは、笑ったんでしょうか。

 おはようを言ってから「あのぅ」ってあたしは続けます。

「昨日は、ありがとうございました。ルルビッケもすごく喜んでくれました」

 アコーニは眠そうな緑の瞳を、しぱしぱまたたかせて言いました。

「実は、聞こえてたの」

「あ、あー……」

 アコーニの部屋は、あたしたちの斜め上です。

「あの子、声、大きいよね」

 って、アコーニが、小さく困ったように……笑った? いま笑いましたね!?

「今朝も、となりの部屋の人に怒られちゃいました」

「あなたのせいじゃないのに」

「そうなんですよぅ。あ、でもあたしもうるさかった時ありました、し」

 あたし、ばかです。これ言わなくてよかったじゃないですか。

「あなたも騒ぐこと、あるの……?」

 ってぽそぽそ言って、アコーニの足が止まりました。気づいたようでした。カーテンが一枚閉じられたみたいに感じました。

「私のしでかしたこと、だものね」

「違うんです。あたし、そんなこと言いたかったんじゃなくて……」

 どうにかしなくちゃとあたしが考える間に、アコーニのふっくらした唇も、言葉を探すみたいにいろんな形に動きます。でも、全然関係ない誰かの言葉が割り込んできました。


「あれぇ? 大迷惑女と傍迷惑女がつるんでんな」

「えー、マズイじゃないっスか!」

「あーあー、また余計な仕事増やされんのか」


 男の人の声。知らない声。笑う声。頭がさぁって冷たくなって、肩も首も石みたいになって、あたしは声のほうを見られませんでした。

 アコーニの顔は真っ青になってて、肩の上でシュエットは翼を開きました。くすくすと笑うような声が聞こえて、あたしの手足も冷たくなります。

 大迷惑はあたしですか? 傍迷惑がアコーニですか? でもアコーニのしたこと、あんたたちには関係ないですよね?


「お前らやめろ。何やってんだ」


 知ってる声でした。男の人の声でした。


 ヘラヘラ謝る声といっしょに、足音が遠ざかっていきます。

「ごめんな男子寮のガキどもが。あとで説教しとくわ」

 ルーランさんでした。

 インクの魔法が素敵で、あたしに最低な冗談を言って、今あたしたちをかばってくれたルーランさんが「あとで説教」と言いながら顎をしゃくった向こうに、男の子たちが見えました。

 そのうちのひとりがにやにやしながら振り向いた瞬間に、あたしの手足は火トカゲみたいに熱を持って、駆け出して――

「ちょいちょいちょいちょい待て待て待て待て!」

 後ろからルーランさんに捕まりました。

「離してくださいよ! あの人たち関係ないのに!」

「いやいや街中まちなかで騒ぎを起こすなって。制服着てんだから!」

 あたしはほとんど抱え上げられて、ジタバタしながら、遠ざかる男子のヘラヘラした背中へと、知ってるかぎり一番乱暴な言い方で怒鳴りました。


「あんたたちには関係ないだろうがよ! 逃げんなよ! 逃げんな! ふざけんなぁ!!」

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