30. 行っちゃった、行ってきます
「よーっし。じゃあ行っといでー」
ってルルビッケに送り出されました。あたしが。
「逆じゃないです?」
「いーのいーの。訓練行かなくていー朝って
あたしは行かなきゃいけません。ベッドからもぞもぞ這い出てくる
「道行きにパヒスースのご加護があらんことを。彼の地の神が快くそのかいなを開かんことを……です」
学科で読んだ本にもでてきましたし、お母さんが使っているのも聞いたことあったんですが、自分で使うの初めてで。むずむず。
「おー、かわいー」ってルルビッケがニヤニヤするんで「もういいです。行ってらっしゃい行ってきます」って訓練に出ました。
訓練の終わりちかく、体操してるあたりで、トランクケースを持った後ろ姿が正門の所に見えました。
行っちゃった。
食堂に行ってもルルビッケはいません。やっぱりいないなぁ、と思いました。いつもは寮生の列ににょきっと生えてるみたいなルルビッケですが、今日はそれがなくて物足りないです。
ルルビッケのお
農場ってどんなところでしょうか。
お母さんの療養所に行く途中で麦畑はたくさん見ますが、ルルビッケの言う農場は牛や鶏をたくさん育ててるってことなので、ちょっと違うみたいです。
牛。見たことないです。シャモーとおんなじぐらい大きいって言ってたので、とっても大きいですね。鶏がいるから新鮮な卵がたくさん食べられるそうですし、他にも牛乳や果物がいっぱいあるって言っていました。
だからルルビッケはあんなに背が高いんでしょうか。
いいなぁ。いーいなぁ。
って思っていたら、朝ごはんに
やった、やった、
これ、声に出ていたみたいで、テーブルについたら「エーラちゃんは楽しそうでいいよねぇ」ってジケが湿っぽいため息をつきました。
「だって
「そんなことで喜べるのいいなぁ……」
「だって……
「喜んどけ喜んどけ」
振り向けばスーリです。朝食のお盆を手に立っています。
「ジケさぁ『そんなこと』とか言っちゃって、あんたも
「そうだけどぉ」ってジケが栗色のくるくる髪をぴょこぴょこ揺らして、スーリのぶん横にずれます。月光ヤモリのミーミーが「おれはバッタ好き!」って主張しました。
食堂に動物の毛とか埃は良くないということで、ふさふさの使い魔はあんまり中にいません。
シュシュはつるつるですから、服の外、あたしの肩にぶら下がって首を持ち上げ、
「シュシュくんは何が好きなん?」
「タまご、トリ、とかゲ、ナんでもー」
「オレを食うなよ!?」
スーリ、シュシュ、ミーミーのやり取りを聞きながら、あたしは向こうに見える
釘蛇の事があってから、アコーニはあたしたちと離れて朝ごはんを食べることが多いです。談話室でのおしゃべりにもいないです。ひとりの時もありますし、
「で? かわいいかわいいジケちゃん。何があったん? 最近部屋でもそんな調子じゃんよ」
「なにって、別にぃ……」
もごもごするジケを見ながらもぐもぐします。
「ジケ」
「あげないよ?」
残念です。
「そうじゃなくて。あたし、お手紙渡すんでしたよね?」
二週間ぐらい前のお昼、ジケから
そうしたら、ジケはマートル裏の泥にでも沈みそうにうめいて「それ、もう、忘れて」って言いました。
空気を感じるあたしの舌は、意識すればするほど敏感になってきたかもです。
食堂のスープの匂いみたいな、目立って強い匂いがある時にはそうでもないんですが、せまくて人が大勢いる所、たとえば食べ終わった寮生で混み合う階段なんかでは、人間や使い魔それぞれで違う空気のあじが溜まって重なって絡まって、ふわっとめまいがします。
魔法を切断できないと大変だってスーリも言っていましたが、本当ですね。
とにかく口を閉じて息をひそめます。
部屋に入ろうと鍵をさしたところで
「昨日うるさかったんだけど?」
って左隣の部屋のひとから文句が来ました。しょんぼり謝っておきました。釘蛇の夜もお隣には迷惑だったでしょうし、仕方ないですね。
錠前はちょっと固くて、両手でないと鍵が回りません。
部屋にはいって運動着を脱いで、仕事着に着替えて、古い帆布の鞄を肩から
昨日みたいに
なんだか静かです。
こういう時のルルビッケはあたしとおしゃべりをするか、ボンシャテューとおしゃべりをするか、ひとりでなにか歌ってるかでしたし、部屋のあちこちを忙しなく飛ぶヒバリの羽音もしません。
「シュシュ、お部屋が広いですね」
って鍵をかけました。
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