28. からんころころろん
お菓子屋さんのベルは金色のベル。誰かがドアを開ければ、ちんちちりん、りんちちん、ってスズランみたいなかわいい音がします。
右となりの食器屋さんは青銅のベル。こんこんこーん、こんこんこんこん。って、お馬の足音みたいにふっくらした音が聞こえます。
左となりの文房具屋さんは木の……鳴るやつです。名前が分かりません。たくさんの細い木の筒が糸でつり下がっていて、揺れるたんびに、からんころころろん、って鳴ります。
音を覚えてしまったのは、あたしが長いことお菓子屋さんの前で立っていたからで、長いこと立っていたのは、悩んでしまったからです。
つまり、お店の中が見通せる大きなガラス窓には大きく「焼き菓子なんでも ブロンシュ」と金色の文字が光っているのに、その下にはくたびれた白ワンピースのあたしが映っていたからです。
お菓子を買って贈ろう、と思ったのはいいんですが、あたしの知ってるお菓子はせいぜい
寮と協会のあいだにお菓子屋さんが一軒ありますから、とにかくお店で見てみよう。そう思って来たんですが、窓の向こうのお菓子と窓に映った自分を見くらべたら、自信がなくなってしまいました。
しゃっきりはっきり真っ白な布の上に、いろんな色のお菓子が並んでいて、スーリのワンピースみたいです。スーリは向こうからぐいぐい来ますが、お店はあたしから入らなきゃいけません。
シュシュが右肩に引っ掛かっているので、窓に映るあたしの服もぽこっとしていました。首もとからは群青の身体が見え隠れています。――と思ったら、にゅっと左の袖から頭が出てきょろきょろ、舌も出てちろちろ。それであたしは、思わずその頭を袖に押し込んでしまいました。
「シュじんー。シュじんー」
「ごめんシュシュ……!」
小声で謝りましたが、ワンピースのなかからしゅーしゅーと不満の鼻息が聞こえます。
へびは、お店に入っていいんでしょうか?
ちょっとのお出かけだからと、お金の巾着だけ持って出てきてしまいました。協会の上着も寮に置きっぱなしです。暑いのがまんして着てくれば良かったです。そうしたら、くたびれたワンピースも、見え隠れするシュシュも上手に隠せたのに。でもシュシュは悪い子じゃないのに隠さなくちゃいけないの、いやだなぁ。いまから上着を取りに行ったら、お店が閉まるまでに戻れるでしょうか。そんなこと心配するぐらいなら、いま思い切って入るのがいい気がします。でも、みすぼらしい服のへび連れの子に売るお菓子はない、って言われたらどうしましょう。
こんなことをぐるぐる考えているうちに、お店のベルの音を覚えてしまったのでした。
お店の中の人が「なんだあの子?」みたいに首をかしげたのがわかりました。
下を向いて目をそらします。
どうしましょう。怒られる前にどこかに行った方がいいでしょうか。でも他にお菓子屋さんを知りません。
からんころころろん。
文房具屋さんのドアの音。突然、肩やわき腹にぎゅっと力を感じました。シュシュが身体じゅうに力を入れたんです。
何かと思って顔を向けると、きれいな
「エーラ……?」
ふしゅうううう! とへびの激しい鼻息があたしの襟ぐりをはためかせます。怒っています。怖がりのシュシュがこんなに怒る相手は、ふたりしかいません。
「──アコーニ。こんにちは」
気まずそうな顔をしています。アコーニ、表情の控えめな人なんですが、控えめなだけでけっこう顔に出ます。
青い縦縞のブラウスに、裾のゆったりした薄茶のズボンを履いていました。なめし革の背負い鞄は柔らかい四角形を保っていて、右肩のベルトには
すこしの時間を置いて、白金の髪のひとはぽそぽそと言いました。
「だれかと思った……髪、切ったね」
「ルルビッケがやってくれて。結ぶのも」
「うん……いいと思う。今日、洗濯、ありがとう」
「いえ。こないだ代わってくれたのの、お返しですから」
しゃべると空気のあじが入ってきます。
シュシュはずっと鼻息を吹いています。
しっぽに釘を打たれたので無理もないと思うんですが、シュシュはアコーニとその使い魔をものすごく嫌っています。「シュじんー! あぶなイー! はなれテー!」って声を上げています。
これにはアコーニもムッとしました。
「蛇くん怒ってるから、私、行くね」
って背中をむけられ、あたしは慌てて呼び留めました。
「アコーニ。あの、あたしお菓子屋さん入りたくて」
「だから?」
振り向いたところにミミズクのシュエットが飛んできて、鞄の肩ベルトに止まります。
シュシュが袖から顔を出し、首にぎゅっと力をためました。
シュエットが羽毛を逆立てて、くちばしを打ち鳴らしました。
ケンカしないで……!
シュシュが飛びかかれないように、右腕をアコーニの反対側へ伸ばします。シュシュはあたしの身体を回り込んで、また飛び掛かる体勢を作ろうとします。
「お菓子を買うの、助けてほしいです。ルルビッケにお返しがしたくて」
言いながら、あたしはシュシュを止めようと、へたっぴなダンスみたいにぐるぐるしてました。
アコーニはミミズクの逆立った羽毛に顔の半分を埋もれさせて、暑そうに、それか、めんどくさそうに、ため息をつきました。
「蛇くんを落ち着かせてくれたら」
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