27. シュシュはシニヨンになって

「空気の? 味が? 見える? どゆことー?」

 ってルルビッケが前髪にとりかかりました。

「うー、空気ですし、なのかも知れないんですけど、鼻で感じるのと違って、場所の違いもわかるっていうか……近いとか遠いとか、右と左、上と下とか。ええと、例えば部屋に入ると、ベッドがあるな、机があるな、窓があるなって見えますよね? 目を閉じて舌を出しても、ベッドがあるな、机があるな、窓があるな、こっちの方だな、っていうのを感じるんです」

「ベッドの、空気の、味?」

「はい」

「その味ってー、わたしとエーラのとで、やっぱり違ったりする……?」

「あっ。それはその……はい」

「えー……」

「いい匂いとか嫌な臭いとか、そういうんじゃないですよ? 机を見て『あたしの机、ルルビッケの机』ってわかるような感じです」

「うー」

 ってルルビッケはちょっと不満げでしたが「それ以外にも何かあんの?」ってスーリが促してきました。


「他は……硬いとか柔らかいとか、熱いとか冷たいとか、そういう感じもあって。ほら五キュイーバ銅貨といちルアール銀貨って、あじ、違うじゃないですか。ああいう感じです」

 スーリがキシキシ笑いました。何がおかしいんですか。

「あんたコインなめてんの?」

「い、いまはしません。ちっさい頃の話です」

「今もちっさい」

「そうですけど!」

「エーラぁ動くとあぶないー」

 もう! です。もう!

 スーリが満足そうにまた笑って洗面台に腰掛け、あたしのお腹の辺りを指さしました。


「それさあエーラちゃん。シュシュくんだよ」


 シュシュはシニヨンお団子になって膝の上。あたしはそのあたりを見ようとしましたが、ルルビッケに無言で頭を押さえられます。

 スーリは「シュシュくん」って呼びますが、男の子か女の子か、シュシュ自身もわかっていません。

 ジケの使い魔、月光ヤモリのミーミーは「ちんちん探せばいいだろー?」って言ってました。ついでに「蛇もちんちん二つあるのかー?」って聞かれました。ジケが真っ赤になってプンプンしだして、それ以上聞けてません。ミーミーには二つあるらしくてびっくりですが、シュシュが男の子でも女の子でも、あたしはどっちでもいいかなって思います。


 スーリの小さな黒目が開いてました。魔力をてますね。


「空気ぺろぺろの魔法をさ、使い魔から無意識で引き出しちゃってるんだ」

「ぺろぺ……つまり、知らない間に魔法を使っちゃってるってことですか?」

「そ。わたしは耳だった」

 スーリの使い魔はコウモリです。

「シャテュー、わたしはそういうのあったかなー?」

 ってルルビッケがきいているので、そして「知ららららぬ」って言われてるので、人によって違いがあるみたいでした。

 スーリが続けます。

「使い魔と主人とはつながりっぱなしでしょ? つまり境目がユルいんだよ。エーラちゃんの大好きな卵で例えるなら、黄身と白身が混ざっちゃってる感じ。だからシュシュくんにも、魔法を渡してるつもりはないんじゃない?」

「シュシュ?」

「わからなイー」

 あたしのへびがお腹の周りをもぞもぞ一周します。くすぐったい。

「まぁ、じっくり使い魔くんとを繰り返しなよ。そのうち『これ』って境目が分かって来ると思う。自分の意思で切断できないと困ることあるからさ」

「はい」

「わたしも、うっかりすると余計な陰口だの噂話だのが聞こえてくるんだ」

「それは――」

 スーリが駅に迎えに来た日を思い出しました。

「――大変ですね」

「まったくだよ」

 と大げさにため息をつくスーリの姿を、ルルビッケのお腹が隠しました。


 ルルビッケはあたしの周りをぐるぐると回って、最後に床に置いてた鏡を取りました。終わったみたいです。

「お客さまー、いかがでございますかー?」

 もったいぶった言い方に、もったいぶって答えようと思ったんですが、鏡の自分をじーっと見てしまいました。


 瞼が厚ぼったくて、青みがかってくすんだ色の髪は量が多くて、重たい顔だって言われてて、あたしもそう思ってました。でも、っとした塊みたいな髪はどこかに行ってしまって、ふんわり大人しくなっていましたし、腰に届きそうだった長さも、ちょっと背中にかかるぐらいになっていて、首を振れば毛先も揺れてくれます。

 前髪はにも眉毛が見えちゃってて思わず手で隠したんですが、でもこういう髪型の美人さんに見覚えがありました。

 たしか、ジケがお昼ごはんを買ってる軽食屋ブランジュリのお姉さん。その人に似てます。髪型、だけですけど、でも、髪型だけでも。


「いいんじゃない?」


「なんでスーリが先に言うんですかぁ」

「だって、かわいいでしょそれ」

「かぅ……あ、いいです、か……?」

 急に褒められて、どんな顔していいのかわかりません。眉毛から中途半端に手を降ろして、中途半端な顔をしたあたしが鏡にいます。

 洗面台から腰をあげ、スーリが伸びをしました。

「ルルビッケ、リボン使うんならその後ろさぁ、シニヨンにしても良くない?」

「あー、そうだね。いっかいやってみよっかー」

 って、後ろの髪が分けられてゆるく編まれ、きゅっと引っ張られ、くるくると丸められました。


「おー、なんか街角のお嬢さんって感じー!」

「花売ったら売れんじゃない?」

 自分の首が見えていました。いえ、いつも見えてはいるんですが、首周りに髪がありません。なんだか守りが薄くなった気がして、そわそわしてしまいます。でもルルビッケもスーリも満足そうにしてるので、ちょっと「これがいいのかも」って思っちゃいます。

 いつもの白いリボンはシニヨンを留めて、肩の後ろに流れました。

「よーっし終わり終わりー。すっきりしたー!」

 ってルルビッケが古いシーツを外してくれました。

「ルルビッケ、あの、ほんとにありがとう。すごい素敵で嬉しいです。あたし、何かお礼したいんですど、どうしたらいいですか?」

「えー、べつにいらないよー。ごっそり切れて気持ちよかったし」

「わたしもいい退屈しのぎになったよ」

 スーリがワンピースと手をひらひらさせます。あたしも退屈をしのがれた感じはしてました。

 スーリが出て行くのを見送りつつ、あたしは椅子から立ちあがります。


 まずは髪の掃除をしなくちゃですね。それから片づけをして、洗濯物を取り込んで仕分けして、終わったら、今日はやっぱり、少しお散歩というか、お買い物をしようと思います。

 お金があんまりないのは巾着きんちゃくを裏返しても変わらないんですけど、今月は療養所に二回行くこともないはずなので、じゃありません。

 なにかちょっとしたもの、お菓子か何かを買って渡したいなと思いました。


 ルルビッケは明日から、夏休みで一週間いないんです。

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