24. ルルビッケもびっくりするぐらい

 まっ黒でとまるい瞳。くいっ、くいっ、と頭を振って気を引こうとするところ。口の端っこが上がっていて、ニコニコしてるみたい。ちろちろと覗く舌はなんだかお茶目で、きれいな群青の身体にあかい筋がすっと通ります。


 ……かわいい……



 あのとき。



 釘蛇くぎへびの血をすすった瞬間に契約は結ばれて、自分のどこかが別人になったような気持ちになりました。

 それはたとえば、協会の上着を初めて着た時の気持ちに似ていました。「マートル裏のパコヘータの娘」から「魔法協会のエーラ」になった感じとよく似ていました。

 あたしの背骨に暖かな糸がかかって、きゅっと結び目を作ったような。

 こころの片隅に小さな命がはいって、ぽこんと膨らみが増えたような。

 あたしが感じる身体の形は、人間の形を越えていました。そのを目でたどれば、影のへびです。あたしの腰から腿、足に影が伝っているのも感じられました。

 もう、しゅうしゅうと音を立てていませんでした。棒みたいにまっすぐ伸ばした首を、困ったようにふらふら振っていました。


「エーラちゃん!」ってペルメルメさんに呼ばれなかったら、あたしは影を眺めたままぼんやりしていたと思います。はっとして、とにかく影のへびがあたしから出てることはわかりましたから「もういいです!」って声をかけたら、スカートの中に引っ込んでくれました。


 屋根裏には眩しいぐらいの魔力が、あおく渦になって集まっていました。みんなから聞いた話の通り、学科で教わった通りです。釘蛇くぎへびの身体が、使い魔契約によって作り変わろうとしていました。

「ペルメルメさん、どうにかして、釘を抜けませんか?」

 釘蛇くぎへびから釘を抜いていいのかわかりませんでしたが、あんなの絶対に痛いんですから、かわいそうです。

 あたしは、アコーニとシュエットから毒を抜かなくちゃいけませんでした。

 契約を終えた頭は、ふたりが影のへびに噛まれて毒を受けたんだって知っていました。釘蛇は、人から食べた情念を毒として溜めておくんです。

 身体を丸めて、涙を流しながらびくびく震えるアコーニの肩に、噛み跡を探して、あたしは吸いつきました。




 ……まっ黒でとまるい瞳。くいっ、くいっ、と頭を振って気を引こうとするところ。口の端っこが上がっていて、ニコニコしてるみたい。ちろちろと覗く舌はなんだかお茶目で、きれいな群青の身体にあかい筋がすっと通ります。



 毒を吸い出して、ぺっと吐き出すのを何度か繰り返したら、アコーニもシュエットも、夢から覚めたみたいに元気になりました。屋根裏は物置だそうで、ペルメルメさんが道具箱のくぎ抜きで釘を引っこ抜いてくれました。



 ……まっ黒でとまるい瞳。きれいな群青の首を棒みたいに突っ張ってひょいひょい周りを見回し、何か言いたげにあたしの顔を見てきます。あくびみたいに口を開いて、閉じかけて止まって、なんですかもう。

「かわいい……」

「エーラぁ、眺めてたい気持ちわかるけどー、早くしないと訓練おくれるってー」

「れれるるるってー」

 着替え終わって準備万端ルルビッケ、頭の上にはボンシャテューです。


「――ごめんすぐ出る!」

 あたしは寝間着をすぽんと脱ぎました。



 着替えを終えて、急いで階段を駆け下ります。ルルビッケが聞いてきました。

「名前どうするのー?」

 ふふふ。

「つけました!」

「おー!! なになに!?」


「シュシュ!」


 肌着の中がもぞもぞして、運動着の襟から群青の丸っこい頭がのぞきました。口の先っぽから、草笛みたいな声が出ます。

「しゅしゅー」

 自己紹介、よくできました。


「シュシュー!!」

 って、ルルビッケが階段の残り六段を飛び降りました。

「やったねぇぇー!」

 って振り向いたルルビッケがくしゃくしゃに笑ってます。

「なんでそんな嬉しそうなんですかー!」

 照れるじゃないですか。

「エーラに使い魔できたー!」

 ぴゅーって中庭へ出ていきます。速いです。いえ、あたしも急がなきゃいけないんですけど!

 

 そういえば、ルルビッケはあたしに「ちゃん」づけしなくなってますね。なんででしょう?


 シュシュは中庭に寮生が集まってるのを見て「こわイー」って引っ込んでしまいました。

 あたしが契約したのは、日曜日の真夜中でした。そのあと、とても眠くて記憶もあいまいな月曜日があって、やっと二日目です。だからあたしもこの子の事をよくわかっていないのですが、どうやらとても怖がりのようです。

 あたしの首や肩に引っ掛かるようにして、服の中に隠れています。

 へびの鱗はさらさらで滑らかでルルビッケもびっくりするぐらい手触りがいいんですが、素肌にずっと触れているのはまだ慣れません。

 訓練の間、他の使い魔みんなは中庭で好きにしているのに、シュシュは服の中から出てきません。

「走ってる間はお庭で待っててくださいよ」 

 ってお願いしてみましたが、肩やお腹に回った胴体にぎゅっと力が入りました。嫌がってます。走ってる間にずり落ちたりしなければいいんですが――。


 

「落ちたんですよ」

「あら、あら」



 チェムさんが目を丸くしました。

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