23. あたしにとまれ

 背中の真ん中を痺れるような感じが駆け上がって、そこからじわりと広がっていきます。


 背中がぴん! ってなって

「くひっ!」

 って、しゃっくりみたいな変な声が出ました。


 はずみで、溜めてた魔力が散ります。まずいです、魔力燈が消えて――

「エーラちゃん、まさかなの!?」

 光が持ち直しました。あたしの手が、魔力燈の取っ手ごとペルメルメさんの手に包まれていました。

「あなたの!?」

「あっ。きっ、きっと! そうです!」

 ペルメルメさんが一瞬考えます。

「――契約しよう。釘蛇くぎへびに使い魔契約をかぶせれば、術はエーラちゃんの支配下に入る。そうすればきっと消せる。呪いも、影の蛇たちも、アコーニにかかった何かも」


 しゅううううう。

 しゅううううう。


 へびたちはまだ鼻息を鳴らしています。落ち着いて欲しいです。

 早く、行かなきゃいけません。あの弱ったへびの所へ。

 あっちにもビリビリ来てるんだったら、あたしには噛みついてこないんじゃないでしょうか。

「待って。契約を結ぶまで、相手は動物と同じ。油断しちゃだめだよ」

「でも、近寄らないと、手順が踏めません。あそこに行く方法、何かありますか? あたし走りますか?」

「あなた遅いでしょう。魔法がひとつ、なくはない、かな。でも、アコーニをここに置いてかなきゃいけなくて……」

 ペルメルメさんも迷っています。あたしも思います。置いていって、なにかあったら。

 ばさり、と羽音がしました。シュエットの羽です。見れば、シュエットがもがきながら身を起こして、こちらを見ていました。まるい橙色の目であたしをみて、ミミズクはまたぱたりと倒れました。

「シュエット!」

 ペルメルメさんがうわずった悲鳴を上げます。シュエットはまだ動いていますが、さっきよりもずっと弱々しく見えました。

「……ペルメルメさん。アコーニ、置いて行っても、大丈夫です」

 シュエットがさっきあたしを見たのは、偶然ですか?

「あのへびは、一度噛んだら、きっと二度も三度も噛まないんです。だから、シュエットはまだあそこにいるんです」

 食べるために襲っているのではない、のかもしれません。だから、ぜったい大丈夫だなんて言えません。でも、襲うために襲っているなら、今頃あたしたちはやられていると思いました。

「お願いします。あたしを、あそこまで、連れて行ってください」


 ペルメルメさんがつぶやきます。

「毒蛇は、毒が効いて獲物が弱るまで余計な手を出さない……はず」

 そして震えるアコーニをそっと寝かせ、立ち上がりました。


「私の後ろからついてきて。そして、契約を結んだら、ふたりを……助けて……!」

 ペルメルメさんの声がどこか泣きそうで、あたしもつられて泣きそうです。でも、そんな場合じゃありません。

 魔力の流れがえました。ペルメルメさんの呼吸です。

「ラクダは」

 細い足首が、力強く床を踏みしめました。

「嵐に動じない」


 あたしは、ペルメルメさんの寝間着につかまって、ついていきます。

 影の蛇があたしたちに噛みつこうと、なんども首を矢のように飛ばしてきます。それを、魔法が弾きます。そのたびに、どん、どす、だん、と鈍い音がして、ペルメルメさんが息を詰まらせます。

 ほんの十数歩がとても長く感じました。


 歩きながら、あたしはあたしの魔法を始めます。

 何度も唱えて覚えた、約束の言葉を声に乗せます。

 

 ――波打つものの光をり束ね

 ――血と肉と骨を織りあわせ

 ――綾のに糸を掛けよう

 ――は我なり其は君なり

 ――其は君なり其は我なり


 あたしたちが近づくにつれ、真ん中のへびも力を振り絞って頭をもたげました。大きくもない、めずらしくもない、あたしだって見たことあるようなただの草蛇くさへび

 痛みと飢えと霊銀エーテルのせいで、人の情念なんていう、お腹をこわしそうなものを食べさせられたへび。

 しっぽが見えて、長い釘が見えました。しっぽと箱の間に留められてるのは、なくなったはずの、あたしの靴下。

 アコーニ。やっぱりひどいですよ、この術。


 しゅう……しゅうう……


 弱々しく息を吹くへびに、迷わず右手を差し出しました。親指と人差し指の間がチクりと痛みました。あたしはその隙に、釘に打たれた傷口を吸いました。苦く、生臭く、おえってなりそうな鉄臭い血を飲みました。


 釘を打たれて、どこにも行けない、腹ぺこのへび。

 あたしたちのせいで、ひどい目に遭っているへび。

 これはきっと、あなたを助けているのとは違う。そんなふうには言えない。

 でも、こんな屋根裏で箱にめられて、人の悪夢を食べて、死んでしまうぐらいなら。


 あたしにとまれ。

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