22. 光れ、光れ、魔法の光

 必要なもの。


 へび一匹。大きさはどうでもいい。

 媒介メディア。術の対象とへびを繋ぐもの。たとえば靴下の片っぽ。

 釘一本。充分な長さのあるもの。

 へびが入る大きさの箱。

 霊銀エーテル。ほんのすこしでいい。

 板。なければ箱にそのまま釘を打ってもいい。

 

 へびの尻尾と媒介をまとめて釘で打ち付けます。霊銀エーテルは液化させて一滴垂らしておきます。最後に蓋をしますが、蓋には釘で小さく空気穴を開けておきます。


 箱の中に獲物は来ませんから、へびはだんだんお腹がすいて弱っていきます。箱の中は恨みや苦しみがたまっていき、へびは霊銀エーテルの作用でとつながります。

 そして飢えをしのぐため、媒介メディアを通って人間の情念を、つまり、辛いとか悲しいとか、そういう人の強い感情を呼び起こして食べるようになります。

 だから術の対象は悪夢を見るようになるんだそうです。


「これが、釘蛇くぎへびの手順」

 無表情のアコーニが、屋根裏へ続く暗い階段を昇りはじめました。ミミズクのシュエットが階段の奥へ飛んでいきます。あたしは手に魔力燈をぶらさげて、ペルメルメさんと続きました。

 魔力をしっかり取り込んで、明かりが途切れないように魔力燈へ流し込みます。


 他のみんなは部屋です。シャモーは渋っていましたが、馬小屋へと帰されました。

 あたしも部屋で待っていてよかったそうですが、ついていくことにしました。

 夢でみた「へびのあたし」が思い浮かんで気になりましたし、なにより知らない所でにされるぐらいなら、最後まで見てやろうって思いました。


「蛇を殺せば、それで終わり」

 ってアコーニは言います。

「人の情念を食べても、本当に飢えが満たされるわけじゃないから、結局いつかは終わるの」

「それじゃあ、どうしたってへびは死ぬんじゃないですか。あんまりですよ」

 白金プラチーヌの髪がびくんと揺れましたが、アコーニは振り向きません。


 屋根裏には、いろんな箱やら籠やらが、適当に投げ込んだみたいにどちゃっと置かれています。

「ここ、こんなに散らかってたかな?」

 ってペルメルメさんが首を傾げたのと、

「シュエット!」

 ってアコーニが走り出すのが同時でした。

 散らかった箱や布包みにミミズクが紛れていました。倒れて、茶色の翼を床に広げて、不自然に羽ばたいています。その後ろに、えました。


 もやもやと太い。

 影のような。

 へびが。


「アコーニ!」

「だめ!」

 

 どん。


 アコーニが壁にたたきつけられました。その肩にへびが噛みついていました。人間の頭と同じぐらいに大きな頭の、へびでした。

「ラクダの押印ストンプ!」

 ペルメルメさんが踏みつけようとしますが、へびはすぐに離れました。あたしも遅れて、アコーニに駆け寄ります。


 しゅううううう。


 歯の隙間から強く息を吹くような音。

 魔力燈を高くあげました。

 頭を引き、首をぎゅっと縮めたへびが見えます。大きな頭、長い身体。尻尾の方が暗くて見えません。

 

 ペルメルメさんがアコーニを抱きかかえ、へびから距離を取ります。

「アコーニ、アコーニ。聞こえる!?」

「き、きき、聞こえる……」

 と頷くアコーニの肩には歯形がついていました。浅く早く息をして、瞳があちこちに動いています。

「聞こえるの。見えるの。親方、許して、ゆるして、ああああああ……なんで、脚、脚が伸びなくて、姉さんが、父さんも母さんも連れて行った……もうおしまい、もうおしまいなの。手紙が、こない……」

「アコーニしっかりして!」

 ペルメルメさんがアコーニの頬を叩きましたが、アコーニのうわごとは止まりません。

 

 しゅううううう。


 しゅううううう。


 しゅううううう。


 しゅううううう。


 しゅううううう。

 

 そして、へびは一匹ではありませんでした。屋根裏のあちこちからしゅうしゅうと聞こえます。囲まれていますか……?


 あたしは後ずさって、背中がペルメルメさんにくっつきました。

「なんで、こんなにたくさんいるかなぁ……!」

 ペルメルメさんの声にも余裕がありません。

 アコーニのうわごとは止まりません。

「泣いて。泣いて。どうして。どうして声をあげてくれないの……産まれてきたのよ。あなたは産まれてきたのに。どうして。泣いてよ……」 


 ――あ。


 うわごとの内容に覚えがありました。

 あたしが夢で見せられたのと、同じじゃないですか?

 あたしから、へびが食べて、噛まれたアコーニにうつった?

 

 頭の中で、つながります。

 この影のへびは、夢にでてきたへびと関係がありそうです。あたしの夢で、たくさんの影のへびは、みんな「へびのあたし」に繋がっていました。

 ならこのへびにも、真ん中があるんじゃないでしょうか。そして、その真ん中がではないのなら。


 大きく息を吸います。魔力を身体に留めます。留めた魔力を右手へと流していきます。そして、魔力燈の取っ手から燈心へ、魔力をぎゅうぎゅうと押し込みます。

 光れ、光れ、魔法の光。もっと明るく、もっと強く。影のへびの根を照らせ。


 へびたちの尾が集まるところに、見えました。雑多な物にまぎれて、どこにでもいるような青緑色の草蛇。

「エーラちゃん、なにしてるの……!?」

「ペルメルメさん、あそこ! あれが根っこのへび!」

 指差します。壊れた箱の上にぐったりと伸び、でも顎だけは必死に上げて、こちらをにらんでいる、へび。


 ルルビッケの言っていた通りでした。

 目が合った瞬間、来たんです。


 ――うまく言えないんだけど、出会っちゃうんだよ。お互いに。なんかビリビリー、ずばばばーって来るの。


 これが、あたしに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る