21. 呪いをかけたとかより、ずっと
「付き合っているひとがいて」
と続きました。
「そうなの!?」ってジケが声をあげましたが、すぐに自分の口を押さえました。
あたしだって、これが談話室やお昼休みのお喋りだったら、同じことを言ったと思います。でも、うつむいて話すアコーニにそんな楽しげな感じは少しもありません。
アコーニはまるで、あたしのベッドと話しているみたいでした。
「あのひとは楽譜売りで、
楽譜売り。
街のあちこちでアコーディオンを弾いては
あたしは「ああ、つながってるんだ」と思いました。
魔女を記念して作られた公園には、昔の魔女の
その表紙で魔女の
あの日も公園には楽譜売りさんがいました。雨上がりだったけど人はたくさん集まっていて、楽譜もたくさん売れてるみたいで、いいんじゃないかって思いました。
そのすぐ後です。おばあさんの群れを街中に呼び出してしまったのは。
「騒動が起きて、アコーディオンはめちゃめちゃに壊れて、あのひとは右手の骨を折ったの。いまもまだ、満足に演奏できないの」
アコーニはあまり表情が動く方ではありません。でも、緑色の瞳がすっと上がって、あたしを刺しました。普段あまり開かない小さな唇が、はっきりと動きました。
「あなたのせい」
心臓に冷たい手がかかって、ぎゅっと握られたように思いました。頭のてっぺんや首の後ろから、さあっと熱が引いていきました。
好きなひとが傷つくというのは、どんなふうに辛いのでしょうか。
恋は、よくわかりません。だけどさっき夢にみたのは。
へびにからめ取られて、
アコーニの大切な人を、あたしは、傷つけたんですね。
「ごめんなさい」
アコーニの瞳へ言いました。
「ごめんなさい、アコーニ。あんなことになるなんて思ってなかったんです。あたしは、魔女を呼び出せると思い込んでいたんです。でも、なんにもわかっていなくて、なにもわからないまま、婆猿を呼んでしまいました」
げんこつを強く握ります。泣くのは、違うと思いました。ちゃんと言わなきゃいけないことがあるからです。
「あたしのせいで、アコーニの大事なひとに怪我をさせて、ごめんなさい」
ひと粒だけ、涙があふれてしまいました。それをげんこつで拭います。
あたしは、でも、って言わなきゃいけません。
「でも」
それなら
「なんであたしにそのまま言ってくれなかったんですか? あたしはばかだからへびののろいなんてひとつも知りませんけど、それは、あたしに向かって怒るよりも簡単だったんですか? 女子寮のみんなが悪い夢を見たのも、それと関係してるんですよね? こんなことする必要、ありましたか?」
アコーニが目をそらしました。
「あんたさぁ……」
スーリが低く言いました。
「アコーニ、やめてよほんとさぁ……」
見上げたスーリは、目に涙をためていました。それをぐしっと拭って言います。
「ちびエーラちゃんの言うとおりだよ。わたしも蛇の呪いなんて知らないけど、ほんと、直接言えばよかったでしょ。それだけでしょ。それが難しかったんならさぁ、わたしだって相談のったのにさぁ。なのになんでこんなバカなことやってんの?」
スーリの声は、悔しそうでした。
アコーニの声がぼそりと、引き結んだ口からこぼれました。
「エーラは、カタ代表と繋がりがあるから」
アコーニから言われた中でも、いちばん悲しくなる言葉でした。あたしに呪いをかけたとかより、ずっと悲しくなりました。
「どういうことですか?」
って思わず聞いてしまいましたが、あたしにだって見当はつきます。
「あたしが、チェムさんに言いつけて、仕返しするとか、そういうふうに思ったんですか?」
「そうだよ!」
アコーニの大きな声。身体が跳ねて固くなります。頭も顔もはちきれそうで熱いです。
「だから、あんただけにこっそり効くような術を使ったの。誰も知らないような、古い術式をね! 許せなかったから! 私の恋人だけじゃない、いろんな人に迷惑かけて、他にも怪我したり、物を壊されたりした人だってたくさんいるのに、そんなあんたが、何のおとがめもなく協会に入って来て、なんとなくかわいがられてて、許せなかったの! なによ悪夢ぐらいで!」
「こっそり効いてないじゃないですか! おおっぴらにいろんな人に効いてるじゃないですか!」
「そう! 失敗してんの! わるかったね!」
「もうやめてよぉ!」
ジケです。ベソをかきそうに、声が上ずっていました。
「アコーニのそんなところ、見たくないよぉ。アタシ、アタシ、見たくなかったよぉ……」
頼りない肩にペルメルメさんが手を回します。
ふとルルビッケを見たら、あたしとアコーニを順番に見て、困っていました。きっと、ルルビッケもアコーニのことは好きなんだろうなって思います。
みんなには、あたしが入って来る前の時間があるんですね。
そしてそこには、あたしは入って行けないんですね。
ジケがぐすぐす言いだしたので、かわりにあたしは落ち着きました。ベッド脇のスーリへ声をかけました。詳しく聞かせろ、って促したのはスーリです。
「アコーニが何か魔法を使ってたの、気づいてたんですか?」
「気づいてたら止めてるよ。あと魔法じゃなくて術な? ――あんたを起こす前にアコーニが言ったんだよ。ごめんねって。あんたに向かって。そりゃ何か知ってるなって思うでしょ。詳しく聞こうとしたんだけど、そんなのはあんたを起こしてからだってルルビッケが言ってさ」
ルルビッケがあたしにうなずきました。あたしはうなずき返して、「ありがとう」って口を動かしました。それで、ルルビッケの言ってたことを思い出しました。
アコーニに向かって言います。
「すぐに来てくれたそうですね」
「術が私の想定を超えてるの、明らかだったから。あなたが一番危ないと、思っただけ」
「ありがとうございました」
「……やめてよ」
アコーニが声を絞り出します。
それまでジケを慰めていたペルメルメさんが、耳もとのひんやりする声をだしました。
「終わりにしよう? その蛇の呪いとかいうのを解いて。できるよね?」
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