21. 呪いをかけたとかより、ずっと

「付き合っているひとがいて」

 と続きました。

「そうなの!?」ってジケが声をあげましたが、すぐに自分の口を押さえました。

 あたしだって、これが談話室やお昼休みのお喋りだったら、同じことを言ったと思います。でも、うつむいて話すアコーニにそんな楽しげな感じは少しもありません。

 アコーニはまるで、あたしのベッドと話しているみたいでした。


「あのひとは楽譜売りで、婆猿ばばざる騒動の日に、あそこにいたの。記念公園で楽譜を売っていたの」


 楽譜売り。

 街のあちこちでアコーディオンを弾いては流行はやりの歌を歌い、集まってきた人にその歌が載っている楽譜小冊子フォルマチーニャを売って一緒に歌い、さらに集まってきた人に……というお仕事です。

 あたしは「ああ、つながってるんだ」と思いました。

 

 楽譜小冊子フォルマチーニャの表紙を、あたしは魔女を呼ぶために利用したんです。

 魔女を記念して作られた公園には、昔の魔女の住処すみかがあります。その公開に合わせて一冊の小冊子「魔女に捧ぐ八篇」が作られました。表紙は、絵描きのおじさんのお仕事でした。

 その表紙で魔女のなりを街に広めたんです。


 あの日も公園には楽譜売りさんがいました。雨上がりだったけど人はたくさん集まっていて、楽譜もたくさん売れてるみたいで、いいんじゃないかって思いました。

 そのすぐ後です。おばあさんの群れを街中に呼び出してしまったのは。


「騒動が起きて、アコーディオンはめちゃめちゃに壊れて、あのひとは右手の骨を折ったの。いまもまだ、満足に演奏できないの」


 アコーニはあまり表情が動く方ではありません。でも、緑色の瞳がすっと上がって、あたしを刺しました。普段あまり開かない小さな唇が、はっきりと動きました。


「あなたのせい」


 心臓に冷たい手がかかって、ぎゅっと握られたように思いました。頭のてっぺんや首の後ろから、さあっと熱が引いていきました。


 好きなひとが傷つくというのは、どんなふうに辛いのでしょうか。

 恋は、よくわかりません。だけどさっき夢にみたのは。

 へびにからめ取られて、められてねじられて体がおかしな形に歪んだみんなを見た、気持ちは。

 アコーニの大切な人を、あたしは、傷つけたんですね。


「ごめんなさい」

 アコーニの瞳へ言いました。

「ごめんなさい、アコーニ。あんなことになるなんて思ってなかったんです。あたしは、魔女を呼び出せると思い込んでいたんです。でも、なんにもわかっていなくて、なにもわからないまま、婆猿を呼んでしまいました」

 げんこつを強く握ります。泣くのは、違うと思いました。ちゃんと言わなきゃいけないことがあるからです。

「あたしのせいで、アコーニの大事なひとに怪我をさせて、ごめんなさい」

 

 ひと粒だけ、涙があふれてしまいました。それをげんこつで拭います。

 あたしは、でも、って言わなきゃいけません。

 

「でも」


 それなら


「なんであたしにそのまま言ってくれなかったんですか? あたしはばかだからなんてひとつも知りませんけど、それは、あたしに向かって怒るよりも簡単だったんですか? 女子寮のみんなが悪い夢を見たのも、それと関係してるんですよね? こんなことする必要、ありましたか?」


 アコーニが目をそらしました。


「あんたさぁ……」

 スーリが低く言いました。

「アコーニ、やめてよほんとさぁ……」

 見上げたスーリは、目に涙をためていました。それをと拭って言います。

「ちびエーラちゃんの言うとおりだよ。わたしも蛇の呪いなんて知らないけど、ほんと、直接言えばよかったでしょ。それだけでしょ。それが難しかったんならさぁ、わたしだって相談のったのにさぁ。なのになんでこんなバカなことやってんの?」


 スーリの声は、悔しそうでした。

 アコーニの声がぼそりと、引き結んだ口からこぼれました。


「エーラは、カタ代表と繋がりがあるから」


 アコーニから言われた中でも、いちばん悲しくなる言葉でした。あたしに呪いをかけたとかより、ずっと悲しくなりました。


「どういうことですか?」

 って思わず聞いてしまいましたが、あたしにだって見当はつきます。

「あたしが、チェムさんに言いつけて、仕返しするとか、そういうふうに思ったんですか?」

「そうだよ!」

 アコーニの大きな声。身体が跳ねて固くなります。頭も顔もはちきれそうで熱いです。

「だから、あんただけにこっそり効くような術を使ったの。誰も知らないような、古い術式をね! 許せなかったから! 私の恋人だけじゃない、いろんな人に迷惑かけて、他にも怪我したり、物を壊されたりした人だってたくさんいるのに、そんなあんたが、何のおとがめもなく協会に入って来て、なんとなくかわいがられてて、許せなかったの! なによ悪夢ぐらいで!」

「こっそり効いてないじゃないですか! おおっぴらにいろんな人に効いてるじゃないですか!」

「そう! 失敗してんの! わるかったね!」


「もうやめてよぉ!」


 ジケです。ベソをかきそうに、声が上ずっていました。

「アコーニのそんなところ、見たくないよぉ。アタシ、アタシ、見たくなかったよぉ……」

 頼りない肩にペルメルメさんが手を回します。

 ふとルルビッケを見たら、あたしとアコーニを順番に見て、困っていました。きっと、ルルビッケもアコーニのことは好きなんだろうなって思います。


 みんなには、あたしが入って来る前の時間があるんですね。

 そしてそこには、あたしは入って行けないんですね。


 ジケがぐすぐす言いだしたので、かわりにあたしは落ち着きました。ベッド脇のスーリへ声をかけました。詳しく聞かせろ、って促したのはスーリです。

「アコーニが何か魔法を使ってたの、気づいてたんですか?」

「気づいてたら止めてるよ。あと魔法じゃなくてな? ――あんたを起こす前にアコーニが言ったんだよ。ごめんねって。あんたに向かって。そりゃ何か知ってるなって思うでしょ。詳しく聞こうとしたんだけど、そんなのはあんたを起こしてからだってルルビッケが言ってさ」

 ルルビッケがあたしにうなずきました。あたしはうなずき返して、「ありがとう」って口を動かしました。それで、ルルビッケの言ってたことを思い出しました。


 アコーニに向かって言います。

「すぐに来てくれたそうですね」

「術が私の想定を超えてるの、明らかだったから。あなたが一番危ないと、思っただけ」

「ありがとうございました」

「……やめてよ」

 アコーニが声を絞り出します。

 それまでジケを慰めていたペルメルメさんが、耳もとのひんやりする声をだしました。


「終わりにしよう? そのとかいうのを解いて。できるよね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る