18. お母さんなんか
――悪夢なんかに負けるわけない。
って言ったのはスーリでした。
駅にいたんです。夜でも眩しく見える花柄の
ステッキの下側の端っこを手のひらでくるんで、柄を腕に沿わせるよう持つ人。行進する兵隊さんの鉄砲みたいに持つ人を、あたしはスーリぐらいしか知りません。
真っ白い肌、ぺったり黒い髪、ツンと高い鼻、鋭い目つきに小さな瞳。
なんでいるんですか?
――うわぁ、それ言っちゃう? チビで半人前のエーラちゃんを迎えに来たんだよ。ルルビッケもジケも成人ほやほやでまだ危なっかしいし? ペル
そういって、さっさと歩き出しました。あたしはスーリの花柄を追いかけました。
あたしだって、ひとりで帰れないわけじゃないですよ。
――そりゃそうだろうけどさ。あー、本音を言えば、ちょっと話したいことあったんだ。ここんとこ悪夢が
じゃ、スーリも嫌な夢見てるんですか?
――いやいや。わたしの使い魔はコウモリだよ? 悪夢なんかに負けるわけない。むしろ扱う方。
パタパタとコウモリが飛んできて、ステッキの
逆さまのイコは軽く首を傾げてあたしを見てました。何かを促されている感じでしたので、迎えに来てくれてありがとうございます、とふたりに伝えました。
――ご丁寧にどうも。それで悪夢の事なんだけど、これ知ってるかな?
は?
――悪夢が
あたしなにもしてません。
――わかってるって。あんたを近くで見てりゃ、使い魔もいない、
……泡魚は、呼べるようになりましたもん。
――あれ? そっか。ごめん。でもあんた、
そんなこと話して、あたしにどうしろって言うんです?
――仕事にする気ない? 受付票書くのジケにでも手伝ってもらってさ、協会の調査部にきっちり働かせればいいよ。っていうかあんたも調査部か。こんなことはさぁ、白黒はっきりさせればいいんだよ。得体の知れないナニカを、得体の知れたナニカにすんのも仕事なんだから。
その得体の知れないナニカが今。
あたしの夢で。
スーリを締め上げていました。
「やめて! やめてよ! スーリが死んじゃう!」
スーリの腰を横から噛んで、ねじれるように絡みついた影のへび。スーリの身体もねじれて、引っ張られて、はみ出た腕がだらんとしていました。
助けに行きたいのに、あたしはお母さんと手をつないだまま、離すことができません。
離してお母さん。今は散歩どころじゃないの。
――泣いたって、ゆるさない。
――泣き声なんて、あげさせない。
あたしがいます。青灰色の重たそうな髪、厚ぼったい眠そうなまぶた、みすぼらしい、やせっぽちな体。
スカートの中から落ちる太い影はへびになって、足元から何本も何本もうねっています。
夢だ。夢です。わかってるんです。なのに抜けられないんです。
――おまえたちなんか。
どん。
へびが一斉に伸び、人を巻き取って絡まりました。
ペルメルメさんが。アコーニが。ジケが。ルルビッケが。
ねじれて。
――ころして
「だめえええええっ!!」
ぐん、と左手が引っ張られます。
「離して! お母さん離して!!」
「だめよ。いやだわ、どうしたのカーラ?」
「違う。違います。違うんです! あたしは、カーラじゃないんです!」
「なにを言っているの。ほら、いい景色よ。
あたしはお母さんの手をどうにか引きはがそうとしながら、へびのあたしへ振り向きました。
「ねえやめて! みんなはちがうでしょ!? なにしたっていうの!?」
――スーリにいじわるな事を言われて腹が立つ。
――アコーニからなんだか避けられててかなしい。
――ペルメルメにおこられておもしろくない。
――ジケがいいものを食べててうらやましい。
――ルルビッケはお
そんなこと
――思った。
……でも、こんなのは、ちがう……!
「ほらカーラ。
「お母さん、聞いて」
「向こうの広場で、お弁当を食べましょう。お天気がいいからきっと気持ちがいいわ」
「離してください、離して……!」
「お芋と玉ねぎの
「聞いてよ、ねぇ! 友達が!」
「まあ! カーラのおともだち!?」
「違う!!」
なんで、いつもいつも!
「エーラの!!」
あたしは後ろにひっくり返りました。お母さんの手が離れていました。
「エーラ?」
きょとんとするお母さんの顔がぼやけました。
夢でも鼻はツンとして、夢でも頭は熱くなりました。
悪かったですね。
エーラで、悪かったですね。
大っ嫌いだ。
「お母さんなんか、だいっきらいだ!」
立ち上がります。振り向きます。走ります。足が遅くて腹が立ちます。
――お前もあたしを無視したくせに。
へびのあたしがいいました。
へびのあたしは、お婆さんみたいな顔でした。
あたしはあたしにとびかかって
――喰わせろ。
あたしに、ころされました。
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