17. だったら、喜んでくれるほうで

「まーまーお嬢の頼みとあっちゃあねぇ」

 って走るシャモーのにあたしはしがみついていますっ、うっ、いっ、うっ。

 街をざわつかせながらラクダが走ります。前に後ろにずんずん揺れます。高いです。速いです。怖いです。パヒノルテ駅について「早いとこ切符買っちまいな」ってせかされて売り場に向かう脚もふるふるします。

 みなさん「なんだこいつらは」みたいな感じであたしを見るんですが、協会の上着はこういうとき役に立ちます。「そうか魔法協会か」って勝手に納得してくれるからです。

 切符を買ってあたしは、シャモーの所へ駆け戻りました。

「乗っけてくれてありがとうございました。帰りは最後の汽車になります。ペルメルメさんと、寮母さんにもよろしくです。あと、お靴かわいいですね」

「ん? ベはははは! そうだろう。石畳はアタシにゃ固くってね、お嬢が作ってくれたのさ。んじゃぁチビ助、気ぃ付けて行きな」

「はい」

 駅の時計を見上げて、ええと、時間を読んだら、もうすぐ汽車が出るようです。

「行ってきますね」

 走ります。肩掛け鞄をお腹に抱えるようにして、三等客車に乗り込みます。混みます。まいにち訓練してるの、効いてる気がします。うりゃうりゃ。

 協会の上着、夏服で袖も丈も短いんですが、脱いでたたみました。七月のお昼すぎ、混んでる汽車は暑いですね。

 窓際に押し込まれるように座って、しばらくすると汽車は野原を突っ切ります。くろぐろとかたまった茂みに野ばらが咲いています。もうしばらくすると、ひまわり畑が見えてきました。茎の背がぐいぐい高くて、ついこないだは咲いてなかった花も、今は黄色く大きく咲いていました。あたしの背も、ひまわりみたいにひと夏で伸びてくれたらいいのに。

  

 今朝の夢をわすれたわけではありませんが、目が覚めて時間もたって、夢のことよりも、当番を代わってもらったことや、本当なら寮にいるはずなのにお出かけしていることにあたしは、ドキドキしていました。


 ねぇお母さん。


 あたし、友達できましたよ。



「それでね、今日はアコーニが助けてくれたんです。あんまりおしゃべりしたことなかったから、嫌われてるのかなって気になってたんですけど。ペルメルメさんが、あの、いちばんのお姉さんがいうには、いつも寝ぼけた感じだから、あたしにだけ喋らないわけじゃないよって。当番もね、ペルメルメさんが『代わって』って声をかけてくれたんです。そうだ、アコーニの髪はとっても綺麗なんですよ。白金プラチーヌみたいっていわれてるんです。今朝も、寮の窓から顔出して眠そうにしてるのに、髪だけピカピカに光ってました。伸ばしたらきっともっと素敵なのに、長いのめんどいからすぐ切っちゃうんですって。あとね、使い魔がシュエットっていうミミズクなんですけど、お母さんは、ミミズクって見たことありますか? ふわふわしてて、お目目もまん丸で可愛らしいんですよ」


 お母さんが、にこにこしてお話を聞いてくれます。


「だけど、シュエットの爪は尖っててすごーく怖いの。その爪で、へびやネズミなんかもって食べるんですって。でもあたしはまだ使い魔と出会えてなくて、ちょっと寂しいです」

「そうなの。あなた一人だけ?」

「はい。でもいつかは必ず出会うものだっておそわりました。だけどその時に約束の言葉を覚えていないとダメなんですって。だから忘れないようにいつも持ち歩いて、唱えるようにしているんです。これです」

 って、あたしはたたんだ紙を一枚、スカートのポケットから出しました。

「こんなのを読んでいるのね。お母さんには、難しいわ」

「あたしも、みんなに教えてもらって、少しずつ読めるようになりました。あのね。これは光ですけど、次が『り束ね』。これが『』。『それ』って事で、あとはね、あとはね――」

 思いついたことを、なんでも口にしていきます。お母さんが、あたしの話をちゃんと聞いてくれています。


 こんな簡単な事、なんで思いつかなかったんでしょう。


「そうだ! 今朝のお洗濯であたし、本当に魔法を使ったんですよ。泡魚あわうおっていう、泡の妖精さんの力を借りてお洗濯したんです。もこもこーって泡がたってね、あっというまにお洗濯が終わるの! ねぇ、カーラすごいでしょ?」

「ああ、すごいわカーラ。あなたはなんでもできてしまうのね」


 これで、いいんですよ。


 どっちでもいいんですよ。

 エーラでもカーラでも。

 やったのあたしなんですから。

 だったら、喜んでくれるほうでいいじゃないですか。

 お母さんの中にカーラがいるんなら、あたしがとっちゃえばいいじゃないですか。


 お母さんが元気だということもわかりましたし、たくさんお話もできたんで、来てよかったなと思いました。アコーニとペルメルメさんには、ほんとうによくお礼を言っておかないといけませんね。


 開けた場所にぽつんと置かれたクレモントの駅で、あたしは汽車を待ちました。日も長くなって、まだ空は夕焼けです。

 また来月、おなじように様子を見に来て、あたしはお母さんと楽しくお話して、その次も、その次も、そのまた次も、その次も。あたしは、カーラとして、お母さんと。

 汽車はなかなか来ません。駅には誰もいません。

 あたしの影が長く長く、へびみたいに伸びています。



 その夜。

 あたしは夢で、あたしにころされました。

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