15. クイッシュおいしかったです

「えー、エーラちゃんも怖い夢みるのー!? 流行はやってるのかなー、もうやーだー」

 って、ジケは足をぶらぶらさせ、下唇を突き出しました。大通りのお店の窓に、こんな感じのお人形が並んでるのを見たことがあります。

「ジケ、スーリと同じ部屋ですよね? スーリも夢見てますか?」

「しらなーい。スーリ、あんまり自分の事言わないもん」

 スーリはコウモリの人ですね。足遅いのに食べるの速い、って言ってきた人です。嫌いじゃないですけど、たまにいじわる。

 ジケとお昼です。天気が良いので、協会裏の公園でとることにしました。協会の人たちや使い魔の皆さんの姿もちらほら、見えます。

「夢って、やっぱり流行るものなんですか?」

 あたしはちびちびと丸パンをちぎって、食べます。

「しらなーい。これってぇ、エーラちゃんとこで調べるものじゃなーい?」

 ジケは、お店で買ったほうれん草の卵乳焼クイッシュを口に運んでいます。

「調査部の人、あたしの言う事あんまり聞いてくれないんですよね」

「エーラちゃん十三歳でしょ? 子供だからじゃない?」

「そうですけど。じゃあ十五歳で成人したら、きいてくれるようになるんでしょうか?」

「んー。あんまし変わんなかったかも」

じゃないですか」

 ジケは十五歳です。卵乳焼クイッシュおいしそうです。その匂いをもらってパンを食べます。ひとくち欲しいんですが、あんまり言うと嫌われるのでがまんです。

 ミーミーはベンチの上でジっとしていました。黒目の部分が完全に見えなくて、いわゆる新月の状態です。つまり寝てますね。ミーミーは夢とか見るんでしょうか。

 ルルビッケが「伝染うつった」なんて言うから気になっちゃったんですけど、たしかにこれ、調査部でのお仕事かもしれません。でも、そうするなら、もうちょっとまとめないと文句を言われそうです。卵乳焼クイッシュおいしそうです。

 というか調査部の人たち、受付から回ってきた聞き取り書類の内容に、よく文句を言ってます。「受付の奴らに聞き取りちゃんとやれって言っとけよ」ってたまに言われますが、めんどくさい予感がすごいするんで、やりません。卵乳焼クイッシュおいしそうです。

 ジケがお仕着せのポケットから時計を引っ張り出して卵乳焼クイッシュおいしそうです。

「あーん。お昼休みもう終わるじゃーん。今日はもうだぁぁぁぁれも来ないといいなぁ」

 卵乳焼クイッシュが、すっ、とあたしの前に差し出されます。

「エーラちゃん今度お願い」「ありがとうございます!」「聞いてもらっていい?」

 ……今なにか間違えましたねあたし。



 お手紙を渡してほしい、だそうです。

 ぜったいにひみつだからね。って、走って戻っていきました。

 おいてけぼりです。誰に渡すのか、とか、その手紙はいつくれるのか、とか、何も言われませんでしたが、寮で聞けばいいんでしょうか。でも、ひみつの話をするんならこっそり話さなくちゃ、ですよね。どうするつもりなんでしょうか。

 乳卵焼クイッシュおいしかったです。


 初めて食べたとき、あんまり美味しくてお母さんに「これなに!?」ってきいた料理です。その時にはもう、お父さんはいなかったと思います。

 お父さんの思い出はあんまりなくて、あたしが三歳の時につまらないケンカで死んだそうです。つまらない、というのはお母さんが言っていました。

 その言い方があんまり怖くて、あたしは詳しく聞けませんでした。今はもう、あまり興味がありません。

 お母さんは今ごろ、療養所で何をしているんでしょうか。何か、することはあるんでしょうか。


 あたしはお仕事をして帰って、晩ごはんはお芋と人参の大鍋ポアフーでした。それから夜学よるがくに出て、お部屋に帰って勉強して、ルルビッケやボンシャテューと少しおしゃべりして、寝ます。

 

 大きな樫の木はありません。


 お母さんがカーラと歩いています。顔はわかりません。顔どころか、どんな姿なのかだってわかりません。でもあれがカーラだってわかります。

 二人とも楽しそうです。

 ごみごみした裏路地でもなく、せかせかした表通りでもない、静かで見晴らしのいい丘の上です。銀梅花ミューテの花の匂い。お母さんが笑ってるところを見たのは、いつのことでしたっけ。

 何を話してるんですか? 何を見ているんですか?

 その空は、あたしがクレモントの療養所で見た空。

 その光は、シュダパヒの石畳の輝き。

 その水は、ニワトコの匂いがする水。

 お母さん。とらないで、もっていかないで。

 ねぇ。

 どうして、カーラといるときはそんなに幸せそうな顔をしているんですか?

 どうして、悪い事ばっかりエーラなんですか?

 その子誰なんですか?

 その子がいるからあたしが見えないんですか?

 その子が邪魔なんですか?

 それなら頭からのみこんでやります。

 身体に、首に、ぎりぎり巻きついて。

 しめあげてやります。

 泣いたって、ゆるさない。

 泣き声なんて、あげさせない。

 ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。お前なんか


 おまえたちなんか


 ころして

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