7. すこし間違えば人を傷つけてしまうような、そういう
あたしたちは夕暮れ前に帰りました。
野菜くずと割れた麦とちょっとの塩を入れて沸かしたスープ、それから少しのパンを一緒に食べました。朝からなにも食べていなかったので、あっと言う間になくなってしまいました。
日が暮れはじめて、お母さんは明かりを灯して二階を準備するために上がって行きます。あたしは隅っこの物置に隠れます。戸を閉め、鍋なんかの並ぶ棚板の下で膝を抱え、息をひそめました。
お客さんが来るまでは歌ぐらい歌ってもいいですし、何かお話を作ったりして遊んでもいいんですが、つかれて眠くてうとうとしていました。
そうしたら、なにかの毛が触れたんです。
目を開けると金色の目玉が暗闇に。
ごん!
いったぁ……い……! 立とうとしたのが間違いでした! なにしてるんですかあたし。
「怖がるでない。取って食ったりはせぬぞ」
と、低く抑えた声がしました。初めて聞く声です。金色の目玉の持ち主は、
目玉の持ち主は言いました。
「我が名はケト。
猫はどこにでも現れ、いつの間にかいなくなるんだそうです。
黒猫さんに両腕をまわして、言われた通りに息を止めました。次の瞬間にはぜんぶの音が消えて、瞬く星の中に浮いていました。暗い星、明るい星、白い星、橙の星。目をこらすと、それぞれの星にはいろんな場所が映っています。たくさんののぞき窓のようでした。
思わず声をあげてしまい、息が吸えなくて死ぬかと思いました。
黒猫さんにしがみついてもがいてたら、急に空気が喉にどばっと流れ込んできて、げっほ! ごほっ! とむせます。
「ついたぞ」
「ついたぞじゃないわよケト。通り道の事ちゃんと教えてあげなかったの? かわいそうに」
知らない女の人の声です。
あたしは柔らかいカーペットの上でぺしゃんとうつぶせになっていて、あたしの腕から黒猫さんの体がするっと抜けました。
「息を止めるように伝えておいたがな」と黒猫さん。
上半身を持ち上げると、どっしりしてつやつやの机の向こうから女の人が身を乗り出していました。
「大丈夫? いきなり連れて来てしまって悪かったわね。そこの椅子に掛けてちょうだい」
と椅子を指さしました。机をはさんで女の人と向かい合う位置です。
その人の歳はよくわかりませんが、あたしのお母さんが三十一歳だから、それよりはぜったい上だと思います。おばさんとおばあさんの間ぐらいなんでしょうか。麦わら色の長い髪に白髪が混じって、雪が降った冬の草むらみたいでした。
部屋を照らすいくつものランプの火は、なにかの動物に見えました。変だなぁと見てたら聞かれました。
「何に見える?」
「あ、はい。えっと、トカゲ……」
「ええ。よく視えているようね。それが火トカゲ。
という女の人の説明を聞きながら、あたしはそろそろと椅子に座りました。知らない部屋も、人も、あたしなんかが座っていいのかわからないぐらいにきれいな革張りの椅子も緊張しました。
座ったあたしに、女の人が名乗ります。
「初めまして。シュダパヒ魔法協会代表のチェム・カタです。あなたはエーラ・パコヘータさんでよろしい?」
「はい、エーラです……」
答えるあたしの視界の隅で、猫が動いています。黒猫さんは机の向こうから伸びあがり、いろいろと置いてあるものを前足でちょいちょいとずらしてから、するんと音もなく登ります。そして、しっぽを優雅に巻いて座りました。
でっかい猫が机の上で座ってるので、あたしは完全に見下ろされています。
「彼はケト。私の使い魔をしてくれているわ」
「ケト、さん」
「うむ」
うなずいてくれました。「いいかしら?」とチェムさんの声がして、あたしは正面に顔をむけます。
「お母さまはご一緒ではないのね」
「はい。お仕事中だから、あたしだけで来ました。ケトさんにきいたら、あたしだけでも大丈夫だ、って言われたんですけど、いいですか?」
「理想を言えばお二人がよかったのだけれど、問題ないわ。今からお伝えする話は、あなたにとっても私たち協会にとっても、繊細な話になるから、よく聞いてくださいね」
「せん、さい?」
「とても大切で、すこし間違えば人を傷つけてしまうような、そういう話よ」
「はい、わかりました」
ぼんやりする頭で、なんとか話を聞こうと踏ん張ります。
「まず、あなたのお母さまなのだけど、クレモントという所に療養所があるので、そちらに入院して頂こうと考えています。エーラさんは協会の寮に入ってください」
なんですか、それ?
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