6. いいのよ、誰にだって過ちはあるもの

 あたしは話しました。

 どうやって魔女を呼ぼうとしたのか、それがうまくいかなくてどうなったのか、できるだけくわしく。

 婆猿ばばざる騒動を「自分がやった」って言う人、なんでそんなことをするのか全然わかりませんが、かなりの数がいたんだそうです。


「でも君の話には当事者──実際に騒動に関わった人にしかわからない点が含まれている。だから君の話を信じるよ。なんでそんなことができてしまったのか、信じられない気持ちだけどね」

 と、おじさんは言って、難しい顔でため息をつきました。協会の中の、椅子と机のある小さな部屋でした。

「婆猿騒動はいろんなところに影響が出たもんで、うちの代表ボスが直接扱うことになっているんだ。ただ生憎あいにくと代表は市長に呼び出されててね。さしあたって私からの提案なんだけど、君は画家の人に魔女の絵を描かせたと言ったろ? まずはその人に謝りに行くのはどうかな」

「あ」

 思い付いてさえいませんでした。この騒動は大ごとだから、けいさんに話して、なにか罰を受けなければならないんだと思っていました。

 けれど絵描きのおじさんは、あたしが直接魔法にかけて巻き込んだ人です。

 謝るならまずその人っていうのは、本当にその通りで、あたしはまた間違えるところで、恥ずかしくて消えたくなりました。

「エーラ、お返事はきちんと」

「はい。すみません、お母さん」

 うるさいよぅ。

 魔法使いのおじさんが言います。

「その画家とは顔見知りでね。騒動に関しての聞き取りで明後日に会うんだよ。だから、君たちも明後日の朝に私を訪ねてくれれば、連れて行ってあげられる。来るかい?」

 驚きました。

「い、行きます。行きたいです。でもあのぅ、あたしを捕まえたりは、しないんですか? その、明後日が来る前に逃げちゃう、って、思わないんですか?」

「人間を捕まえるのは魔法協会の仕事ではないしね。もし逃げたらその時は警邏さんたちに協力をあおがなくちゃいけないから、逃げないで欲しいなぁ」

 お母さんが怯えた声をあげます。

「いいことエーラ。魔法使いさんを敵に回すなんて、とても恐ろしい事なのよ」

 逃げたいわけじゃありませんでしたから、あたしは別の質問をします。

「あのぅ、とても失礼な事をきいてしまうんですけど、代表さんって、いちばん偉いんですよね? そんな偉い人が直接扱うような大変なことも、その、あなたは決められるんですか?」

 おじさんはバツが悪そうにおどけてみせました。

「まぁ、そこは、多少ね。僕は代表ボスのお婿むこさんだから」

 そして真顔になりました。

「協会の見解はさておき、僕個人はね、君が悪いとは思えない。怖かっただろうに、よく訴え出てくれたよ。お母さまも、娘さんをしっかり育てておいでです。明後日あさって、待っていますよ」



 その明後日。


 朝一番に魔法協会に行くので、お母さんはお客さんを取りませんでした。だから今日の食事は夜までガマンしなくちゃいけません。

 ひもじいままあたしたちは連れ立って、絵描きさんのお屋敷に行きました。

 魔法をかけたこと、心を操ったことを謝りました。

 とても怒られました。

 怒鳴るとかそういうのはありませんでしたが、あたしのしたことがどんなふうに迷惑で、不愉快で、危険なことだったのかを震える声で言われました。

 絵描きさんの娘さんも、猿の中に閉じ込められたのだそうです。その事をいちばん怒っていました。娘さんを危険にさらした、そしてその危険な状況を生み出すのに自分も利用されたと、とても怒っていました。 

 おじさんのお屋敷に入るとき、窓に女の人が見えましたから、きっとその人が娘さんだったんだと思います。あたしより年上、十五歳か十六歳ぐらいに見えました。

 あの人も、塊の中で怖い事ばかり考えたんでしょうか。

 娘さんの話が出たあたりから、お母さんは泣いて謝っていました。あたしのせいです。あたしのせいでお母さんは泣いていて、だから守らなくちゃいけないような気持ちになって、でもどうしたらいいのかわからないから口に出してしまいました。

「あたしは、どうしたら、いいですか?」

 つっかえつっかえしながらようやく言い終えると「そんなこと僕が知るもんか」とぴしゃりです。

 椅子ごとすぽんと穴に落ちて、ずっとずーっと落っこちるような気持ちでした。なにかつかえを外されたみたいに涙があふれてきました。

 何か言わなくちゃと思って、考えなくちゃと思ってできたのは、しながら鼻声で謝ることだけでした。

「ごめんなさい。ごめんなさい。許してください。お母さんは悪くないんです。おじさんも、娘さんも、危ない目に遭わせてごめんなさい。良くないことをさせてごめんなさい」

 泣きながらしゃべるのは、とても息が切れるんですね。あたしは小刻みに息をして、どれぐらい息を吸えばいいのかわからないぐらいでした。

 しばらくして、絵描きのおじさんは諦めまじりのため息をつきました。そして、さっきよりは落ち着いた声で 

「せいぜい、今後はまともになってくれ」

 と言いました。


「僕は、それでいい。だいたい、今は姪の肖像を描きたいんだ。泣きながら謝ってる子供相手に訴えを起こすつもりもなければ、君たちから賠償をせしめる気もない。謝罪は受け入れた。もう、いい」


 それで話はおしまいでした。


 魔法使いのおじさんと画家のおじさんとで別の話をするからと、あたしたちは他の部屋で待たされました。

 あたしは許してもらえた、って、そういうことでいいんでしょうか。息を吐くたびにあたしは空気が抜けていくようでした。

 二人で並んで座って、冷たい水を出してもらえて、飲んだら少し落ち着きました。何かお花の匂いがするお水でした。

「いい匂い、します」

「そうね。ニワトコかしら」

 久しぶりにお話をした気がします。あたしはお母さんのスカートのはじを握りました。小さい頃に戻ったような気がしました。

「お母さん。ごめんね」

「いいのよ、誰にだって過ちはあるもの」

 お母さんはこちらを見て、あたしを見ませんでした。ひとりぶん遠いところを見ていました。

「えらかったわね、カーラ」

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