4. 被害額は七万ルアール

 おじさんはとても嬉しそうでした。そして「子供といえばね」と教えてくれました。

 四十年ぐらい前までは、この街のすぐそばにも魔女がいたって。

 百年だか二百年だかの昔には、人間の女の子が魔女になることもあったって。

 大人になる前の女の子だけが、魂のかけらをもらって魔女になれるって。

 魔女は、この世のと心を通わせる生き物なんだよって。


 お母さんがカーラの話をするようになったのも、この頃からでした。

 おじさんは相変わらず優しくて「一日一粒舐めたら、美人さんになれるんだ。おじさんとの秘密だよ?」っていたずらっぽく笑いながら、飴玉をくれたりしました。


 あたしはそのうち十二歳になって、お母さんはどんどんおかしくなっていきました。

 ある日おじさんは、街で流行ってる歌の話を聞かせてくれました。

 おばあちゃんを乗せた安楽椅子が、ある日とつぜん走り出す歌でした。

「この安楽椅子のおばあちゃんねぇ、本当にいるんだよ」

 ってエンリッキおじさんは言いました。

「というより、この歌が流行ったから生まれたらしいんだ。新しいモノがこんなに早くでてくるなんて、昔は考えられなかったんだよ?」


 じゃあ魔女はどうなのかなって、あたしは思いました。ドードルを呼び出すみたいに魔女を呼び出して、魂を分けてもらって、百年前の女の子みたいにあたしが魔女になれたなら。

 そしたらお母さんもカーラの話なんかしなくなるって思ったんです。

 だって魔女がこの世のと心を通わせるの、それってつまり、なんでもできるってことじゃないですか。


 計画を考えて、おじさんに話しました。

 おじさんは言いました。

「じゃあ、エーラちゃんにイケナイ魔法を教えてあげよう」



 チェムさんにこのお話をしたら、真っ青になって震えていました。


 エンリッキおじさんが教えてくれた「イケナイ魔法」は本当にいけない魔法だったからだと思います。

 ひとつは、大人にならないお薬でした。大人は魔女になれないけど、この魔法の薬を一日一粒飲めば子供のままでいられると言われました。

 もうひとつはお酒の魔法で、人の心をぼんやりさせて、こっちの言うことを聞かせる魔法でした。新しい魔女を作り出すために、魔女の姿をいた絵が必要だったからです。

 お酒の魔法をつかって、有名な画家のおじさんに絵を描かせました。


 そうやって準備をして、魔女の絵を魔女の住処に納めて、でもあたしが呼び出したのは魔女ではなく、魔女の形をしただけの何かでした。シワシワでぬるっとした大量のおばあさんでした。


 おばあさんの群れはシュダパヒのいたるところに出て来て、街を走りました。そのせいで窓が割れたり、柵が倒されたり、馬車に突っ込んで事故になったりしたそうです。

 弁償しなければいけない金額は、お母さんが七千人のお客さんの相手をするのと、だいたい同じだったそうです。

 ある日の新聞に書いてありました。



〝老婆の姿を模したモノの群れ、天をハリ金雀枝エニシダの塔、そして無数の老婆で組み合がった巨大な猿▼今月初めに現れたこれらのモノは陸軍第三小隊および陸軍消防隊、シュダパヒ市けい部、魔法協会らの尽力によって鎮圧された。幸いにして人命への被害は無かったものの、生じた被害額は七万ルアール(本紙調べ)にのぼる▼老婆からなる猿「婆猿ばばざる」の発生現場が、かつて魔女の暮らした小屋のすぐそばであった事、ハリ金雀枝エニシダは魔女が好んで利用した植物である事、また塔が立つ直前に宙を歩く幼女が目撃されていた事。これらの事から、本件は魔女の再来に紐づく災害ではと推測されていた▼しかし一人の少女が魔法協会を訪れ、一連の出来事は自らの仕業であると訴え出た模様。真偽については協会で調査中であり、調査終了までの少女の身柄は協会で預かると▼本紙の取材によれば、婆猿の発生の折り、老婆の群れは少女を目指して一斉に走ったとのことで、この少女と今回名乗り出た少女とになにがしかの関連はあるのか。また婆猿騒動は果たして一人の少女の手によるものであったのか、それとも数多寄せられている虚偽の申告のひとつであるのか、調査結果の発表が待たれる〟



 あたしがやりました。

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