3. 実はね、おじさんも魔法がつかえるんだよ

「へぇ、エーラちゃんは魔力を取り込めるんだねぇ」

 ってエンリッキおじさんは優しく笑いました。

 まだお母さんは元気で、あたしは十歳で、おじさんと知り合った次の年ぐらいでした。

 あたしはおじさんの膝の上で、大きな手が、あたしの髪をくすぐるように撫でていました。

「どうして、そんなことができるんだい?」

 って、おじさんの低くて柔らかい声がします。

 だからあたしは、魔法を初めて見た時の話をしました。エンリッキおじさんと知り合う前、お母さんとお客さんをすごく怒らせてしまって、家からしめ出されたときのお話です。


 夜でした。


 あたしは誰もいないところを探して、たくさん歩きました。それで、街はずれの真っ暗な森にたどりついて、木の根元に座り込みました。そのあたしに声をかけた魔法使いのおじさんがいたんです。

 魔法使いさんは真っ黒な髪で、肌も茶色くて、暗闇からするっと出て来たのかと思いました。

「どうした? こんな真っ暗な中に、小さな子が出歩くもんじゃないぞ」って言われたんですけど、家ではきっとお母さんがまだ仕事をしていて、いま帰ったらもっと怒られるからいやだって答えました。そうしたら「待つのに付き合う」って変なことを言われました。

 よその国の話と、魔法の話とどっちがいいかと聞かれたので、どっちでもよかったんですけど、魔法にしました。

 光る魔法や、熱くなる魔法や、あと、あたしを魔法で空高くに持ち上げてくれました。の、すごーく高いのです。すごく怖かったですけど、真っ暗な中に光が八角形はっかっけいを描いていて、それがシュダパヒの街の光だといわれました。

 それってつまり、光がないところは街の外だってことで、街より暗闇のほうがずっとずっと大きいって思うと、今でもどきどきします。


 おじさんが魔法を使うたびに碧い光の粒が流れて見えました。きれいだと言ったら、魔力がえるのかと少し驚かれました。

 魔法使いは魔力を呼吸して魔法を使う。それが見えるなら、あたしにも魔法の才能があるんだって。

 そのおじさんにはそれからずっと会えませんでした。でも、魔法の呼吸を教えてもらって、まいにち練習したら上手になるっていわれて、ひとりの時にいつも練習してたんです。



 話し終わったら

「すごいじゃないか。えらいねぇ」

 ってエンリッキおじさんが笑ってくれたから、あたしは、ぱぁって顔が熱くなりました。

 エンリッキおじさんもお母さんのお客さんなんですが、早い時間によくやって来ました。

 あれは、あたしに会いにきていたんだと思います。二階でお母さんが準備している間に、あたしの事をかわいがってくれました。って言うと、みんなの顔色が変わります。

 大雨で排水溝が詰まった日の、泥なのかうんちなのか定かでないドロドロを見るときの顔か、そのドロドロにまみれて弱々しく鳴く子猫を見つけた時の顔のどちらかでした。

 どっちも嫌いです。

 あたしは、エンリッキおじさん、優しくて面白くて、好きでした。


「実はね、おじさんも魔法がつかえるんだよ」


 って、エンリッキおじさんは言いました。最初に見せてもらったのは、インクが勝手に動いて絵になる魔法でした。

 おじさんは万年筆を出して、小さな手帳にインクを数滴たらしました。それから息と魔力を吸って「おいでませ、ドードル」って言いました。インクの粒がくしゃっと動いて、小鳥みたいな形を描きました。

 びっくりです。なによりも、紙の中に妖精が見えたことがびっくりでした。もしゃもしゃの髪をした、小さな小さな男の子がインク粒を蹴って、それが小鳥になったんです。

 そう言うと、おじさんは本当に嬉しそうな顔をしました。

「うん、エーラちゃんにも視えてるねぇ。それがね、ドードルと呼ばれているモノだ。落書きのモノだよ」


 それから、おじさんはあたしに魔法のお話もしてくれるようになりました。読むのも書くのも、頼めばなんでも教えてくれましたし、なんでもしてくれました。でもいちどだけ、大人になったら魔法のお仕事がしたいといったら、すごく悲しそうな顔をされました。そんな顔で「エーラちゃんが大人になるのは、さみしいな」って言われて、あたしは思わず約束したんです。

 「それなら、大人になるのはガマンしてあげる」って。

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