2. カーラ、今日も来てくれたのねぇ
お母さんは療養中です。
療養所へはパヒノルテ駅から一時間ぐらい汽車に乗っていきます。空気はいい匂いがしますし、空も明るいです。
道のむこうにあたしみたいな痩せっぽちのミカンの木が見えて来たら、療養所はもうすぐです。療養所からは時々叫び声が聞こえてきますけど、あたしが生まれたマートル地区の裏路地よりはずっとマシです。
重たそうな門を開けてもらって、草の勢いがすごいお庭を抜けて、面会室までやってきました。
白く塗られた壁、白く塗られた格子窓。その向こうにお母さんが座りました。こっちにきて三か月になるんですが、一緒に暮らしていた時よりは顔色が良くなったと思います。食べ物はちゃんと出されているようです。元気になったぶん、たくさんしゃべるようになっていました。
初めての面会は、どう話しかけていいかよくわかりませんでした。今はその必要はないかなと思っています。お母さんはいつだって「ねぇ聞いてちょうだい」って話を始めます。
「ねぇ聞いてちょうだい。ここの人たちったらひどいのよ。家でカーラが待っているのに外に出してくれないのよ、何度も何度もお願いしているのに。今頃カーラはお腹を空かせて待っているはずだわ。私がお客を取らないとパンのひとつも買えないのに。あたたかいスープの一つでもこさえてやりたいのに。ねぇあなたからもお願いしてくれないかしら。ちょっとでいい、一晩外に出られればいいのよ。
なに?
どうしてそんな顔をするの? なにか間違ったことを言ってるかしら? なによその顔? あなたの顔はなんだか見ていて苛々するわね。エーラに似ているわ。その重たい髪も腫れぼったい
ねぇあなた、あなたからもエーラに言っておいてちょうだいな。少しぐらいはカーラを見習って、母の所に見舞いに来なさいと。
――カーラ。
ああ、カーラ、今日も来てくれたのねぇ。お仕事やお勉強はどうなの? みんな親切にしてくれているのかしら? 身体は大切にするのよ。ねぇカーラ、最近あの人に会ったりしたの? エスタシオさんだったかしら。ああ、違うわね、エンリッキだわ。エンリッキはどうしているの? 元気にしているのかしら。あなたのお父さんなんだから、大事にするのよ。そういえばカーラ、同室のかたとはうまくやっている? ちゃんと魔法使いとして独り立ちできそうなのかしら。そうしたら、お金もできて、お母さんもこんな所から出してもらえるのかしらねぇ。ほら、あなた、しっかり伝えておくのよ。いいわね? 早く話してちょうだい。仕事はちゃんとできているの? なにをぐずぐずしているの? 耳が聞こえないの? もっとハキハキしゃべらないと商売にだって差し障るの、モタモタするんじゃないのよエーラ。もっと目をぱっちりと開けないとばかに見えてしまうじゃない。あなたはいつもそう! どうして言うとおりにできないの!」
ばん! って、お母さんが格子につかみかかりました。元気ですね。前はこんなことできませんでした。
お母さんの後ろから男の人が近づいてきて、お母さんを捕まえて座らせようとしました。
「ああ、やめて! 大丈夫、大丈夫だから! やめて、乱暴はしないでちょうだい!」
ってお母さんが騒ぐので
「やめてくださぁい」
って、あたしからもお願いしました。
「ちょっと椅子から立ち上がって、ちょっと大きな声が出ただけじゃないですかぁ。そんな乱暴なことしたら、よけいに怖がるじゃないですかぁ。優しくしてあげてくださぁい」
と、格子窓の向こうに言いました。
男の人は不愉快そうにあたしを見て、歯の隙間からおおげさにため息をつきます。大変なお仕事ですね。あたしみたいな子供から文句を言われたら、やっぱり腹がたつんでしょうか。
男の人も仕切りの向こうですから、あたしをぶったりはできません。だったら怖くもありません。まぶたが厚ぼったくても目は見えるんですから、ため息が終わるまでじっと見ているだけです。
ぼんやりした
おもしろいなぁって思うんですが、こんなどうでもいいため息ですら、ほんのちょっとの魔力を世界に生み出してるんですよね。
月に一度、あたしは療養所に来ています。お母さんをここに閉じ込めたのもあたしですし、ちゃんと来ようとおもっています。
魔法でお母さんの心は治せません。治せてほしかったんですけど、だめでした。けれど空気のきれいなところでゆっくり過ごせば、だんだんによくなるっていわれました。
心が治ったら、お母さんはわかってくれるんでしょうか。
カーラなんて女の子はどこにもいないんですよ。
エンリッキはお父さんじゃないんですよ。
エンリッキは、あたしにイケナイ魔法を教えたおじさんなんですよ。
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