エーラ、パコヘータ

帆多 丁

1. 魔法使いをすることになりました

1. いろいろあって、魔法使いをすることになりました

 大きな樫の木が見えたら、それは悪い夢なんです。いやだ、と思った時にはもう、おばあさんが出てきています。

 木の根本、小屋のの上にたたずんで、ぼたっと落ちて立ち上がります。

 樫の木の陰からも、公園の花壇の向こうからも、あたしが見回すところ全部におばあさんがいて、手足は細長くて、あごは前に突きでてて、目も口もシワシワに埋まっちゃったみたいなおばあさんが、おばあさんのくせに、駆け足が速いんです。黒い服の裾をバタバタさせてパシパシ走ってきます。

 あたしのところに来るのはわかっていて、逃げたいのに、いつもあたしは転ぶんです。

 雨上がりで公園の草が滑ったから。

 逃げようとした先に知らない誰かがいて、ぶつかりそうになったから。

 「プルイ!」って画家のおじさんが叫ぶんですが、あたしプルイじゃないです。

 ああ、誰もあたしのことは呼んでくれないんだ。

 そうですよね。お父さんはずっと前にケンカで死んで、お母さんは心がおかしくなってしまったんですものね。

 たくさんのおばあさんの手が、手が、手が伸びて来ました。腕、脚、髪、服の全部を、ぐいっと掴まれて。あたしは。いやです。お母さん。いやです!


「やぁだあぁ……! あ?」

 自分の声で目が覚めるのは、なんだか間抜けな気持ちですね。

 心臓はばっくんばっくん跳ねていて、あたしはできるだけ大きく息を吸います。真っ暗な夜でなにも見えませんから、ベッドのシーツを握ったり離したりして、がさがさしたシーツの感触でたしかめるんです。あたしがいるのは魔法協会の女子寮で、ベッドの上で、婆猿ばばざるの中じゃあないってことを。


「うー、ちょっとぉ……またうるさい……」


 って、向こうのベッドから文句を言われました。ルルビッケです。ルルビッケは寮の同室人ルームメイトで、あたしより二つ年上の十五歳で、「ごめんなさい」ってしょんぼり謝っておけば大丈夫な人です。いびきみたいな感じで「もー」って返ってきましたので、これで話はおしまいですね。

 いやーな夢の余韻は、ルルビッケの文句が持っていってくれました。ルルビッケ、ちょくちょくお姉さんぶるのがめんどくさいんですが、こういうの助かります。


 あたしはエーラ・パコヘータ。

 いろいろあって、魔法使いをすることになりました。

 でないとお母さんが死にます。

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