エーラ、パコヘータ
帆多 丁
1. 魔法使いをすることになりました
1. いろいろあって、魔法使いをすることになりました
大きな樫の木が見えたら、それは悪い夢なんです。いやだ、と思った時にはもう、おばあさんが出てきています。
木の根本、小屋のひさしの上にたたずんで、ぼたっと落ちて立ち上がります。
樫の木の陰からも、公園の花壇の向こうからも、あたしが見回すところ全部におばあさんがいて、手足は細長くて、あごは前に突きでてて、目も口もシワシワに埋まっちゃったみたいなおばあさんが、おばあさんのくせに、駆け足が速いんです。黒い服の裾をバタバタさせてパシパシ走ってきます。
あたしのところに来るのはわかっていて、逃げたいのに、いつもあたしは転ぶんです。
雨上がりで公園の草が滑ったから。
逃げようとした先に知らない誰かがいて、ぶつかりそうになったから。
「プルイ!」って画家のおじさんが叫ぶんですが、あたしプルイじゃないです。
ああ、誰もあたしのことは呼んでくれないんだ。
そうですよね。お父さんはずっと前にケンカで死んで、お母さんは心がおかしくなってしまったんですものね。
たくさんのおばあさんの手が、手が、手が伸びて来ました。腕、脚、髪、服の全部を、ぐいっと掴まれて。あたしは。いやです。お母さん。いやです!
「やぁだあぁ……! あ?」
自分の声で目が覚めるのは、なんだか間抜けな気持ちですね。
心臓はばっくんばっくん跳ねていて、あたしはできるだけ大きく息を吸います。真っ暗な夜でなにも見えませんから、ベッドのシーツを握ったり離したりして、がさがさしたシーツの感触でたしかめるんです。あたしがいるのは魔法協会の女子寮で、ベッドの上で、
「うー、ちょっとぉ……またうるさい……」
って、向こうのベッドから文句を言われました。ルルビッケです。ルルビッケは寮の
いやーな夢の余韻は、ルルビッケの文句が持っていってくれました。ルルビッケ、ちょくちょくお姉さんぶるのがめんどくさいんですが、こういうの助かります。
あたしはエーラ・パコヘータ。
いろいろあって、魔法使いをすることになりました。
でないとお母さんが死にます。
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