背表紙が呼ぶ青春

黒潮旗魚

第1話

冬はどこへきえたのか。近頃は梅も7分咲きとなり、学校帰りの道中にある桜もちらちらと咲き始めている。長袖もそろそろ要らなくなるだろう。自転車に乗る僕の服には春風が溜まっていた。暖かく、しかしどこかひんやりとした空気がとても気持ちよかった。

そんなことを考えていると僕はあることを思い出し、とある店の前でブレーキをかけた。春風書店、学校の途中にある本屋だ。今日は好きな漫画の発売日だったのだ。この書店は店自体の雰囲気は少し古そうに感じたが、ラインナップは漫画や小説など多岐にわたり、とても多くの高校生が通っていた。そのうちの一人である僕は、たびたびこの本屋に通っていた。そして必ず漫画を買っていくため、店の店主も僕のことはよく知っているようだった。今日もいつも通り漫画を買っていくつもりだったが、時間もあるからか少し小説も見ていこうと思った。本当にただの気まぐれだ。

僕は小説が苦手だ。というより、文を理解するのが苦手なのだ。だから、漫画のように絵が書かれている方が理解しやすく好きなのだが、近々読書感想文の宿題があるため、ぼちぼち考えなくてはいけなかった。難しそうなタイトルが並ぶ中、簡単そうなものを選ぶことがまずひとつの難関なのだ。先生からは気になるタイトルのものを読めばいいと言われるがそんなものないに等しい。僕は諦めて漫画を買って帰ることにした。その時だった。

「影山くん?」

後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。

「篠崎じゃん。お疲れ。」

篠崎は同じクラスの女友達だ。大人しい性格で、席も近いため、女子の中ではよく話すぐらいの仲だ。

「ちょうどいいや。今度の読書感想文の本探してるだけど、いいの知らない?」

「う〜ん、自分の好きなの読んだらいいと思うけど…。」

「それがないから困ってるんだよね…。」

「じゃあ、これは?」

篠崎が取り出したのは見るからに、青春ラブコメのような本だった。

「これで書くのは難しくないか?」

「意外とこの本内容深いから書きやすいと思うよ。」

「そうなのか…?」

小説を何も読まない僕は篠崎の言うことに反対なんてできない。少し気になったのは、いつもならぐいぐい来ない篠崎が、今日はなんだかいきいきしているように思えたことだ。気にはなったが、いいことでもあったのだろうと思うことにした。

「わかった、ありがとう。」

僕はその本を手に取り、レジへ向かった。そしてそのまま、店を後にした。


綺麗に並べられた小説を前に篠崎は持っていた本をぎゅっと握りしめた。美しく描かれた桜の表示が彼女の心を表していた。

「初めてのお揃いだ…。」

声と呼ぶには小さい、春風のような息は彼女の頬を優しく撫でた。何気ない会話が彼女には特別に感じて仕方なかった。本格的な春はもうすぐ近くに来ているだろう。



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背表紙が呼ぶ青春 黒潮旗魚 @kurosiokajiki

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