第48話 私はあなたのことを一生……愛しております……
一体、何ヵ月が経ったのだろう。
吐血した日から、静江は目に見えるぐらいやせ細り覇気がなくなっていった。
最近では起き上がるのさえ、困難になりトイレやお風呂はメアリーの介助なしではすることができないでいた。
「毎日……ありがとう……ございます」
静江の目に覇気はなく、弱々しい声でメアリーに感謝の言葉を述べる。
「別に気にするな。我は静江のつがいだからな」
別にお礼を言われることではない。
むしろ、静江の力になれて嬉しかった。
静江は安堵の表情を浮かべながら笑う。
「メアリーさんに買っていただいた時からもう五年。この五年間、色々なことがありましたね」
急にメアリーとの思い出話を話し始める静江。
静江も自分の死期が近いことを悟っているのだろう。
「そうだな。もう五年だね」
メアリーも静江の言葉に共感する。
吸血鬼にとって五年など、ほとんど一瞬で過ぎ去る年月だがこの五年間は祖国で過ごした無意味な百年間よりも濃かった。
「メアリーさんに桜の簪を買ってもらったり……十五夜の夜にお団子を食べたり……雨の中空を飛び、雲の向こう側のお月様を見たり……とても楽しかったですゴホンゴホン」
静江が次々と思い出話を語り、時々咳き込む。
口からは血が飛び出し、とても苦しそうな表情をしている。
なにもしてあげることができないメアリーは、静江の手を握り静江を励まそうとする。
メアリーに手を握られた静江はホッとした笑みを浮かべる。
「多分、私の命はもう長くは……ありません。だから、色々とメアリーさんに……伝えたいことが……あります」
「なんだ。なんでも言ってくれ」
静江の声がどんどん小さくなっていく。
メアリーは静江の声を聞き逃さないように、耳をすませる。
「まず……私を身請けしてありがとうございます。あなたと過ごせた……五年間は私にとって……宝物です」
「我もだ。我もお前と過ごした五年間はとても楽しかった」
あの時、メアリーが遊郭に行っていなかったら、静江と会うことはなかった。
そしてあの時静江がメアリーを見つけてくれたから、こうして身請けして今、一緒にいる。
「次……生まれ変わっても……あなたのつがいになりたいです。ゴホンゴホン……だから、生まれ変わっても……また私を見つけてくださいね」
「当たり前だ。お前が生まれ変わったらすぐに迎えに行く」
この世に生まれ変わりがあるのかメアリーには分からない。
でももしこの世に生まれ変わりというものがあるなら、例え何百年かかろうとも静江を見つけ出してもう一度、静江とつがいになる。
それが静江とメアリーの約束だ。
「私はあなたのことを一生……愛しております……」
静江の声がどんどん小さくなり、最後はほとんど息だった。
握っていた手から力が抜ける。
これが静江の最後の言葉だった。
享年二十年。
静江は布団の上で、愛する人に見守られながら静かに息を引き取った。
もう二度と話すことも動くこともない静江の体。
「あぁ……あぁ……」
メアリーの目から涙が零れ落ち、嗚咽する。
もう二度と静江には会えないという現実がメアリーを苦しめる。
静江との幸せだった五年間がどんどん蘇り、さらにメアリーを苦しめる。
人間とはあまりにも儚い生き物だ。
もし静江が吸血鬼なら、いや、吸血鬼になってくれていたら今も静江は元気に過ごし、永遠にメアリーと一緒に生きることができたのに。静江はその選択をしなかった。
しばらくの間、メアリーは愛する人の死体を胸に抱きしめた。
「静江、最後にだけお前の血を吸わせてくれ」
メアリーはもう二度と反応することがない静江に無言の了承を得てから静江の首筋に噛みつき、血を吸う。
その血は今までで一番おいしく、悲しくも儚かった。
その後、静江の血を吸い終えたメアリーは地面に穴を掘り、静江の死体を埋める。
ずっと静江を残しておきたいが、死んだ人間はどんどん腐敗する。
だから、心惜しいがメアリーは静江を地面に埋めたのだ。
これが静江との五年間。
その後、メアリーは約三百年ものの間、静江が生まれ変わるのを待った。
そして現代、メアリーは静江の生まれ変わりである静香に出会ったのだ。
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