第47話 ゲホン、ゲホン

 ある時。


 最近静江の調子が悪いらしい。


 ここ三週間以上咳が続き、痰も出て体もだるいらしい。


 風邪薬は飲んでいるのだが、一向に効かないでいた。


「全然風邪が治らないな。大丈夫か、静江」

「はい、ゲホンゲホン。咳が出るだけなので大丈夫です。すみません、全然出かけることができなくて」


 布団に寝ている静江をメアリーは心配そうな目で見守る。


 静江は咳をしながらも大丈夫だと言うが全然大丈夫には見えない。


 ここ最近、体の調子が悪いせいで外に遊ぶにも行けずにずっと家に閉じこもっている。


「全然風邪薬も効いていないみたいだしな」

「そうですね……ゲホンゲホン。こんなの初めてです」


 毎日薬を飲んでいるのに静江の容態は一向に良くならない。


 メアリーは静江の隣に座り、静江の容態を心配する。


 静江も風邪薬が効かないことは初めてらしく、苦しそうに咳をする。


「早く元気になって二人でまた出かけたいな」

「そうですね。また二人でお出かけしたいです。ゲホンゲホン」


 早く静江が元気になって、またいつものようにお出かけをしたいとメアリーは思う。


 それは静江も同じで静江もそう願っている。


 でも静江が咳をした瞬間、静江の口から赤い液体が飛び出す。


「えっ……」


 メアリーは自分の目を疑う。

 静江が急に吐血したのだ。


 驚いたのはメアリーだけではなく、静江も飛沫を抑えるため口を押えた手に血がベットリ付き困惑する。


「あぁ……あっ……」


 静江の顔に悲壮感が浮かぶ。

 風邪で吐血するなんて効いたことがない。


「ゲホン、ゲホン」


 静江はさらに咳き込み、吐血する。


「おい静江。大丈夫か」


 大丈夫じゃないことは見て分かるが、思わず言わずにはいられなかった。

 メアリーは気休め程度にはならないと分かりながらも、静江の背中をさする。


「……すみませんメアリーさん。もうダメかもしれません」


 初めて見せる静江の全てを諦めたような表情。

 それを見た瞬間、なんとなくメアリーも悟った。


 もう静江は長く生きられないということを。


「やっぱり吸血鬼にはなってくれないのか。吸血鬼になればずっと生きることができる。病気にもならない。きっと今吸血鬼になればこの病気は治すことができる」


 メアリーは再び静江に吸血鬼にならないかと提案する。

 これは数年前もしたのだが、その時は静江に断られてしまった。


「メアリーさんの気持ちはゲホンゲホン、嬉しいです。でも私は人間として生き、人間として死にたいんです。だから、メアリーさんの気持ちには応えられません」


 こんな死にそうな状態になっても、静江は吸血鬼になることを拒んだ。


 吸血鬼は人間を吸血鬼にすることができる。


 だが、それは誰でも吸血鬼にできるというわけではない。


 お互いが愛し合い、吸血鬼になることを望まなければ吸血鬼になることはできない。


 静江は吸血鬼になることを望んでいない。


 だから、静江を無理やり吸血鬼にすることはできない。


 苦しそうに何度も吐血をする静江。


 そんな静江の背中をメアリーはさすることしかできなかった。

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