第46話 月がきれいですね

「血って、体の中に流れている血ですか?」


 静江もやっとメアリーの言っていることを理解したらしく、確認のためもう一度聞く。


 メアリーは肯定の意思を伝えるため、無言で頷く。


 その後静江はしばらくの間、黙ってしまった。


 いろいろ静江も考えているのだろう。


 いきなり、血を飲ませてほしいと言われたら誰だって困惑するだろう。


「……分かりました。それがメアリーさんの望みですもんね。私の血、飲んで良いですよ」

「別に無理してそんなことしなくて良い。別に血を飲まなくても生きていけるからな」


 静江はオッケーを出しているが、無理強いをさせたようでメアリーは気が引けていた。


「無理はしてません。それに私の血を飲みたいということは好きな人だから飲みたいってことですよね。ならなおさら飲んでください。私もメアリーさんのことを愛してますので」


 照れくさそうに静江はメアリーに愛の言葉を伝える。


 その表情と声に思わずメアリーもキュンとしてしまう。


 一年前までは血で血を洗うような殺伐とした日々を過ごしていたメアリーにとってこの一年はまさに平穏だった。


 愛する人と過ごすこの日常はメアリーにとってかけがえのない日々だった。


 今、目の前には愛する人がメアリーに血を差し出している。


 こんなにも嬉しいことがあるだろうか。


「……分かった。静江の血をいただくよ」


 ここで断れば静江の顔に泥を塗ってしまう。

 そう考えたメアリーはありがたくいただくことにした。


 メアリーは静江の体を優しく抱き寄せる。


 初めての吸血に静江の体は不安で震えていた。


「できる限り優しくするつもりだ。安心して我に体をゆだねてくれ」

「分かりました。優しくしてくださいね」


 できる限り不安にさせないように配慮するメアリーだが、初めての吸血ということもあり静江の体は不安と緊張で震えていた。


 メアリーは静江を安心させるためにしばらくの間、静江のことを抱きしめる。

 静江の顔がメアリーの豊満な胸に埋まる。


 そして、静江の震えが収まった後、優しく静江の首筋に牙を突き立てる。


「んっ……」


 静江は痛みで押し殺した声を上げ、体全体に力が入る。


 だがそれも一瞬のことですぐに穏やかな表情に戻る。


 静江の血が牙の中を通って体の中に染みわたる。


 やはり、好きな人の血は甘くておいしい。


 メアリーは夢中で静江の血を吸い続ける。


 すると、静江の頬は少しずつ赤くなり息も荒くなっていく。


 その異変に気づいたメアリーはすぐに静江の首筋から牙を抜く。


「大丈夫か静江。すまん、少し吸いすぎた」

「いえ……でもメアリーさんに血を吸われると少しずつ体がポカポカして動悸が速くなって気持ちよくなるんです。まるでメアリーさんとエッチしている時と同じような感じです」


 血を吸いすぎたことを謝るメアリーに、どうして自分の体がこんな状況なのかいまいちわかっていない静江。


 簡単に説明すると、吸血行動は痛みを伴うためそれを軽減するためにメアリーの方から催淫する物質を出している。


 そのため、静江の性欲が刺激されまるでエッチをしているような気分になっているのだ。


「私の血、おいしかったですか」

「うむ、おいしかったぞ」


 まだ呼吸が乱れている静江だったが、自分の血がどうだったのか気になるらしく、メアリーに話しかける。


 好きな人の血なのだ。おいしいに決まっている。


「……良かったです」


 静江は体力の限界だったらしく、完全にメアリーに体を預けメアリーは静江の体を支える。


 その後静江の体力を回復させるために静江を横たわせる。


 初めての吸血で体力を消耗し、性欲だけは高ぶっている静江。


 その夜、何度もエッチなことをしたのは言うまでもない。




 ある時。


 季節は秋の夜。


 庭先ではススキが咲いており、コオロギや鈴虫、キリギリスなどの鳴き声が聞こえてくる。


 まさに風流である。


 三方に月見団子を積み上げ、二人はお互い寄りかかるようにして月を見ていた。


 田舎の集落ということもあり、明かりは月と星のみでより月が綺麗に見える。


 肩越しから静江の体温が伝わってくる。


 元気な時は体を合わせているのに、肩が触れ合うだけでもドキドキしてしまう。


 それぐらいメアリーは静江にゾッコンだった。


「月がきれいですね」

「そうか? いつ見ても月なんて同じだろ」

「メアリーさんは風情がないですね。好きな人と見る月だからきれいなんですよ」


 月を見上げながら感想を漏らす静江に、共感できなかったメアリー。

 毎晩月は空に上がり、メアリーたちを照らしている。


 もう何百年も月を見続けているメアリーにとって、月になんの風流も感じていなかった。


 だが、それが不満だった静江は唇をとがらせた。


「それにあそこにいた時は街が明るく仕事で忙しくて月なんて見ている暇ありませんでしたから」


 静江はさらにメアリーに寄りかかり甘える。


 そんな静江もとても可愛らしい。


「そっか……」


 メアリーは優しく静江の頭を撫でる。


「これからは毎日、静江と月を見よう」

「そうですね。毎日、これからもずっとメアリーさんと月を見ていたいです」


 メアリーと一緒に月を見ることぐらいで喜んでくれるならこれから先も一緒に静江と月を見続けたいと思うメアリー。

 それは静江も同じらしく、メアリーに共感する。


「我もだ。ずっと静江と月を見て過ごしていきたい」


 メアリーも自分の願望を口にする。


 この先もずっと静江のとなりで笑ったり泣いたり、月を見て過ごした。


 二人は空に浮かぶ月を見ながらそう祈った。


 でもその祈りは残念ながら届くことはなかった。

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