第41話 いきなり脱がんで良い

 出発した時は朝だったが、極東に着いた頃には夜になっていた。

 極東はイギリスよりもさらに暗く、驚いた。

 極東の文明レベルを知るには一番明るい場所に向かうのが良いと考えたメアリーはさらに移動する。


 これから一生、ここで過ごすことになるのだ。

 この国のことをよく知っておくにこしたことはないだろう。


「ここは結構明るいな」


 そしてメアリーはある場所に辿り着く。


 そこは花魁で有名な吉原だった。


 そこは他の場所とはレベルが違うぐらい明るく、たくさんの人で賑わっていた。

 店先ではたくさんの女の子や男の娘が商品として並んでおり、富裕層の男女が値踏みをしている。


 店先で並んでいる商品もお客さんを引き込むために一生懸命らしく、甘ったるい声を出したり性的に興奮させるようなポーズを取っている。

 メアリーはここの国民は黒髪しかおらず、金髪は目立つと判断しメアリー認識阻害を使う。


 こうすることにより、見られていても認識できなくなり人目を気にすることなく街を探索することができる。


 それにしても疲れた。


 第四回吸血鬼戦争ではずっと戦いっぱなしだったし、ここまで来るにもずっと空を飛びっぱなしだった。


 そのためメアリーは身体的にも精神的にもかなり参っていた。

 通行人も店先の商品も誰もメアリーに気づかずに通り過ぎていく。


「……疲れたな。どこか宿でも探すか」


 メアリーは賑わう吉原とは対照的に覇気がなかった。


「……そこの赤い服を着た疲れたご婦人。私と一晩過ごして癒されてはいきませんか」


 最初、その人がまさか自分に話しかけてきているなんて夢にも思っていなかった。


 だってメアリーは認識阻害を使っているのだ。


 人間は誰もメアリーの存在を認識することができない。


「赤い服を着た黒い髪ではないご婦人。本当に大丈夫ですか。今にも死にそうですよ」

「……我のことを言っているのか」

「はい、そうです。やっとこっちを振り向いてくれましたね」


 赤い服を着た黒い髪ではない人など、ここには一人しかいない。


 そこでようやくメアリーは誰かに声をかけられていることに気づいた。


 振り向き、その商品に話しかけると商品はとても嬉しそうに話しかける。


「……待て、お前、我が見えるのか」

「えっ、見えるもなにもそこにいますよね」


 疲れ切って忘れていたが、メアリーは認識阻害を使っている。

 だから人間に認識されるわけがないのだ。


 それに気づいたメアリーは驚きの声をあげる。


 驚かれた商品は、どうしてメアリーが驚いているのか理解できず、首を傾げていた。


 どうやらこの商品は自分がしたことの大きさを理解できていないらしい。


「もし今晩お暇でしたら一晩どうですか。自分で言うのもなんですが結構安いですよ」

「良かろう。我も色々とお前に聞きたいことがある。どうすればお前ともっと話せるのだ?」


 良いお客さんを見つけたと思ったのか、商品がメアリーに対して営業をしかけてくる。


 この子に興味を持ったメアリーはその営業に乗る。

 早速商品の言われた通り、店の人と交渉を行い、商品を一晩買うことに成功した。


 その後部屋に案内され、中に入る。


 中は木造で、明るさを確保するために行灯が置かれていた。


 結構明るい。


 さすが風俗街である。


「今日はお買い上げいただきありがとうございます。今晩は精一杯務めさせていただきます」


 部屋に入ると商品が土下座をし三つ指をつきながら畏まる。

 そしてあいさつを終えると着物を脱ぎ始め、全裸になる。


 メアリーと比べて商品はあまりにも小さく、細かった。


 もし、うっかり抱きしめでもしたら体が折れそうである。


 店の人が言った通り、この商品は男の娘ということもありメアリーよりもゴツゴツしているが、筋肉があるからゴツゴツしているのはなく、骨が浮かんでいてゴツゴツしているのだ。


 体に傷はないものの、栄養が足りていないことは見るだけで分かる。


「ちょっと待て。我はお前と話したいから一晩買ったのだ。いきなり脱がんで良い」

「……分かりました。お客様がそう言うのなら服を着ますね」


 いきなり脱いだ商品にメアリーは慌てて制止を行う。

 今日この商品を買ったのはするためではなく、話すためだ。

 商品も客の意向に反するようなことはしない決まりらしく、大人しく服を着る。


「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私、石川静江と申します。今晩はよろしくお願いいたします」

「我はメアリー・ブラッドリリーだ。よろしく」


 自己紹介していないことに気づいた静江とメアリーはそれぞれ自己紹介を行う。


「メアリー・ブラッドリリー様と言うのですね。珍しい名前ですね」

「様などいらん。もっとフランクに話しかけてくれ」

「失礼いたしました。メアリーさん……これで良いですか?」

「うむ、良い」


 やはり極東では珍しい名前らしく、静江はメアリーの名前を珍しがる。


 様付けはこそばゆかったメアリーは違う言い方を要望すると、静江はすぐに対応する。


 その対応の良さにメアリーも思わず満足してしまう。


「それでエッチよりも先に私とお話したいというのはどういうことですか?」


 静江は少しだけ訝しそうにメアリーに話しかける。


 メアリーが入った店はいわゆる風俗店で基本、エッチなことをするために訪れるお店であり話するために訪れるようなお店でない。

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