第40話 第四回吸血鬼戦争

 十八世紀初頭。


 イギリスのとある街の郊外でメアリーは吸血鬼と死闘を繰り広げ、勝った。


「はぁー、はぁー」


 メアリーの息は荒く、戦闘の凄まじさを表していた。

 全身血で汚れ、真っ赤なドレスが鮮血でさらに赤く染まっている。

 腕に絡みついている血が気持ち悪い。


「……これで最後か」


 メアリーは殺した吸血鬼が灰になるのを見届けると、やっと一息吐く。


 一般的に吸血鬼は不死身と言われているが、それは半分本当で半分嘘だ。

 吸血鬼も殺せば死ぬ。ただし、今殺した吸血鬼も早く一ヵ月、遅くても一年後には生き返るだろう。


 何度殺しても数ヵ月後、もしくは一年後には生き返るので不死身と言われているのだ。


「これで私も平和な日常がおくれるのだな。戦いも殺し合いもない平和な日常を」


 夜空に浮かぶ月を見ながら、安堵の表情を浮かべる。


 これで一年も続いた第四回吸血鬼戦争は幕を閉じたのだ。


 吸血鬼戦争。


 それは吸血鬼による殺し合いのことである。


 そしてこの殺し合いに最後まで生き残った吸血鬼にはなんでも一つだけ願いを叶えてもらえる権利を得る。


 メアリーはその権利を得るために、やりたくもない殺し合い、吸血鬼戦争に参加していたのだ。


 もちろん、メアリーの願いはただ一つである。

 これから先、永久的に戦いも殺し合いもない平和な日常をおくることだった。


 そのためなら祖国も家族とも縁を切る覚悟で参加し、見事優勝を勝ち取った。


「優勝おめでとうメアリー」

「……母さん」


 闇の中、どこからともなく一人の吸血鬼が音もなく現れる。


 その女吸血鬼の声は柔らかかった。


 それもそのはず。その女吸血鬼はメアリーの母にして、この第四回吸血鬼戦争の責任者なのだから。


 音もなく現れた吸血鬼に警戒するメアリーだったが、それが母だということに気づき警戒を解く。


 ウルスラ・ブラッドリリー、メアリーの母である。


 メアリーの母はとても大きく二メートルを超えている。

 年齢は詳しくは聞いたことないが、八百歳は超えているらしい。

 銀髪の編み込んでおり、昼間に街でも歩けば貴族のような優雅な見た目をしている。

 胸はメアリーと似てダイナマイトでIカップはあるだろう。

 長いまつげに細くも柔和な目は、冷たさと同時に気品さを醸し出している。

 メアリーが赤いドレスを好むと同じでウルスラは白いドレスを好み、いつも日傘を差している。


 今日も夜なのに日傘を差している。


 閑話休題。話を戻す。


「これであなたの夢も叶うわね。良かったねメアリー」

「別に、勝ったんだから当たり前だ。叶わなきゃ誰がこんなクソゲームに参加するかよ」


 娘が優勝して心の底からウルスラは喜ぶが、メアリーは自分の夢を叶えるとはいえやりたくもないことに参加し、気分は最低だった。


「でも母さん、寂しいわ。祖国を出て極東に行っちゃうなんて」

「我の願いは戦いも殺し合いもない平和な日常をおくることだ。こんなところでは叶わぬからな。吸血鬼がいない極東が理想だ」


 母としては娘がどこか遠くに行ってしまうのは寂しいのだろう。


 だが、メアリーももう四百歳で、ウルスラは八百歳だ。


 もう子離れしても良い歳だ。


 こんなところにいたらいつまた戦いや殺し合いに巻き込まれるか分からない。

 だから、メアリーは吸血鬼がいない極東に行ってこれからの余生を過ごしたいと考えていた。


「エリザも悲しむわよ。エリザ、お姉ちゃんのことが大好きだから」

「エリザももう二百歳を超えたんだ。もう姉離れしても良い歳だろう」


 エリザというのはメアリーの妹で、かなりのシスコンである。

 外に出かける時はほとんどついてくるし、いつもベッタリくっついてくる。


 ウルスラが妹をだしにここに残らせようとするが、メアリーの決意も硬い。


「それに母さんもこんな世間話をするためにここに来たのではないのだろ」

「……そうね。メアリー・ブラッドリリー、あなたは第四回吸血鬼戦争を優勝しました。あなたの願いは私たち委員会が全力で叶え守ることを誓います。あなたの願いを聞かせてください」


 ウルスラはメアリーの母でもあり、この吸血鬼戦争の責任者である。


 この場に来た目的はきっと前者ではなく後者であろう。


 ウルスラは名残惜しそうに娘との世間話を終わらせると、責任者としての役目を全うする。


 なぜメアリーが吸血鬼戦争に参加したかというと、ここで叶える願いは吸血鬼戦争を運営する委員会が優勝者の願いを叶え守ることが義務付けられているからである。

 つまり、ここで優勝すればメアリーはこの先、半永久的に戦いも殺し合いもない平和な日常をおくることのサポートを受けることができる。


「我の願いはただ一つ。戦いも殺し合いもない平和な日常をおくることだ」

「承知しました。ではメアリーの戦いも殺し合いもない平和な日常をおくれるように私たちは精一杯サポートしますね」

「あぁー、よろしく頼む」


 メアリーは吸血鬼戦争の責任者に願いを言い、無事受理される。

 これでメアリーの平和な日常は保証されることになり、メアリーもやっと安堵する。


「今日は遅いし、服も血まみれで体も汚いから今日は泊まっていくでしょ」

「……そうだな。こんな汚れた格好では気持ち悪いからな、今晩だけ泊まっていく」


 責任者の顔から母の顔に戻ったウルスラは、メアリーの体を気にかける。

 ウルスラの言うとおり、今のメアリーは戦い終わりということもあり吸血鬼の血や汗、泥や土で汚れていた。


 確かに気持ち悪い。


 こういう時は風呂に入ってさっぱりするのが一番だ。


 その後、メアリーは一晩だけ泊まり、朝早くに自分の家から出て行き戦いも殺し合いもない極東へと向かった。

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