第17話 それなのに人間はどうして部活をこんなにも一生懸命やるのだ
「べ、別に困ってないよ」
「ほーらー」
月が困っていないことを伝えると、天音は調子に乗った顔で帆波を煽る。
「月以外全員男の娘なのでなにか嫌だったり不快なことがあったらすぐに言ってくださいね。すぐ直しますから」
「そうだよ月ちゃん。なにかあったら遠慮なく言ってね」
「友達なんだから変な遠慮とかはノンノンだよ」
「ありがとう……みんな……」
月以外男の娘だから、女心は理解できない。
そのせいでこのグループが離れ離れになるのは嫌だ。
だから帆波も静香も天音も月に対しては人一倍気を遣う。
ずっと友達でいられるように。
月はそれが嬉しかったのか、目を伏せながらお礼を言う。
そこには嬉しさ以外の感情があったように見えたが静香には分からなかった。
「……」
その様子をメアリ―は傍から見守っていた。
自分のことを吸血鬼と自称するメアリーは、得意不得意がかなりはっきりと分かれていた。
国語や社会、英語などの文系の科目は完璧で、他の生徒も一目を置く存在だった。
特に英語はネイティブすぎて、発音が聞き取れないほどだった。
英語以外にもドイツ語やフランス語、スペイン語やイタリア語など他の言語も達者らしい。
逆に数学や理科は苦手らしく、かなり苦戦していた。
「我は言語や歴史は実際にその時代を体験していたから分かるが、数学や理科などの理数科目は触れてこなかったから分からん」
化学の授業終わりにメアリーがそう愚痴っていた。
歴史を体験してきたというのはいささか奇妙な発言だったが、奇妙は発言はこれは初めてではないため静香は軽く受け流した。
ちなみに選択授業の音楽と体育はどちらも上手だった。
音楽の独唱の時はあまりにも美しすぎて、まるで本物の歌手の歌声を聞いているかのようだった。
体育ではなにやら天音がメアリーに何度も耳打ちをしていて、メアリーはとても面倒くさそうな表情で頷いていた。
メアリーの運動神経は男子顔負けで、女子では誰も手も足も出ないぐらいだった。
「……もっと手加減しないといけないでしょ。吸血鬼なんだから」
「……我はかなり手加減したぞ。一パーセントも出しておらん」
なんか天音とメアリーがなにか言い争っていたが、声が小さすぎて静香は聞き取ることができなかった。
そして放課後。
高校生が一番元気になる時間帯である。
部活がある者は、とっとと教室を出て行き、特に用事がないものは教室で駄弁ったりゆっくりと教室を出て行く。
「そう言えば静香たちは部活をしておらんのだな」
「特にやりたい部活とかなかったので入部はしてないですね」
「それにこの高校は特に部活強制でもないので、入りたい部活がなかったりそもそも部活をしたくない人はわざわざ部活に入る意味もありませんので」
メアリーは静香たちが部活に入っていないことが意外だったらしい。
特にやりたい部活もないし、やりたくない部活をするよりは友達と遊んだり早く家に帰った方が有意義である。
それに帆波の言うとおり、この高校は部活の入部は強制ではない。
そのため、約三割の生徒は帰宅部である。
「高校生と言えば部活だとインターネットには書いてあったのだが、違うのか」
「それは人それぞれだよ~。部活に高校人生賭けている人もいるしね~」
部活のことを調べているメアリーを想像して、静香はなぜか微笑ましく思った。
昔にも、そんなことがあった気がする。
天音の言うとおり、高校総体や甲子園を目指したり、金賞を取るために汗を流している生徒もたくさんいる。
「人間が高校生でいられる時間なんてたった三年しかないのだろう。いや実質部活できるのは二年強ぐらいか。それに部活でしていたことを将来の仕事に繋げられるのはごく一部らしいな。それなのに人間はどうして部活をこんなにも一生懸命やるのだ」
窓の外を眺めながら、校庭を走っているサッカー部や陸上部の生徒を見ながらメアリーは疑問を口にする。
メアリーの言うとおり、高校でやっていた部活をそのまま仕事にできる人間は少ない。それにも関わらずほとんどの生徒は本気で部活に励み、大人になったら違うことを仕事にしている。
「それは部活が楽しいからだと思います。確かに部活でしたことが将来直接仕事に繋がることは少ないと思います。でもそのために部活をしているわけではないと思います。好きだから、やりたいから。賞や優勝したいから。だから部活をしているんだと思います。部活に入っていないからただの推測ですが」
「……凄い……」
「楽しいから、やりたいから、賞や優勝をしたいからか。なるほどな。なんか分かった気がする。ありがとう静香」
楽しいから。やりたいから。賞や優勝したいから。
部活に入っている理由なんてそんなもんだろう。
別に静香自身、部活に入っている人を馬鹿にした意図はない。
ただ、部活をするのに高尚な理由や難しい理由なんてないと静香は思う。
月が吐息を吐くように感嘆の声を漏らす。
共感できるところがあったのか、メアリーも納得する。
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