第10話 それを言ったらお前もだろ
「それじゃー、誰が一番早く帰れるか競争しようー」
「ちょっと急に走り出したら他の人に迷惑でしょ。待ってください」
「待ってと言われて待つ馬鹿はいないよー」
「こらー」
急に競争を始めた天音とそれを注意する帆波。
本当に天音がいると退屈しないし、それを毎回注意する帆波はお疲れ様である。
「天音ちゃんっていつも言いたいこと言えるよね」
「そうだね。それが天音ちゃんの長所でもあり短所でもあるんだけど」
「羨ましいな……私、あまり自分の意見言うの苦手だから」
いつも思ったことを素直に言う天音を羨ましそうに見つめる月。
確かに自分のことを素直に言えることは美徳だが、裏を返せば無遠慮ということだ。
でも引っ込み事案の月からすれば、なんでも言える天音は羨ましいのだろう。
「私も自分の意見を言うのはあまり得意じゃないから月ちゃんの気持ちは分かるよ。でも私たちは友達なんだから、そこまで過度に遠慮しなくても大丈夫だよ。むしろ月ちゃんの気持ち聞きたいし」
「……ありがとう静香ちゃん。静香ちゃんは優しいね」
静香もあまり自分の意見を言うのは得意じゃないから月の気持ちは分かる。
でも静香と月は友達だから、過度に遠慮されるのもそれはそれで悲しい。
そのことを伝えると月は嬉しそうにはにかむ。
「天音ちゃんも帆波ちゃんも、もう帰っちゃったね」
「そうだね」
「私たちも早く帰ろうか」
「うん」
天音を追いかけて行った帆波だったが、まだ帰ってくる様子がない。
きっと帆波は天音を捕まえることができなかったのだろう。
静香と月も再び帰路につく。
夜の街の光は今日も明るかった。
ほとんどの人が眠りについた深夜の住宅街。
メアリーは一人、深夜の住宅街を歩いていた。
吸血鬼という種族的問題なのか分からないが、メアリーにとって一番落ち着く時間帯が深夜である。
冷たい夜の空気が肌に纏わりついて気持ちが良い。
「お待たせ~」
「別に。時間はいくらでもあるからな。何分待ったかなんていちいち覚えていない」
「わぁっお~。さすが無限の時間を生きる吸血鬼だね」
「それはお前もだろ。それに我になんの用なんだ、天音」
天音は陽気な声を出しながら空から降りてくる。
特段、その様子に驚くもなくメアリーは普通に会話を始める。
仰々しく驚く天音を見ながら、メアリーは警戒心を強める。
「そんなにかまえないで。別に殺し合いをしたいと思ってるわけじゃないからさ~」
メアリーの微かな警戒心に気づいた天音は、両手を前に突き出し、振りながらメアリーに敵対心がないことを伝える。
「……確かにお前から殺意は感じられない」
「でしょ。私、戦い好きじゃないから極東に来たのに……極東じゃなく日本の方が良いか。日本なら戦いもせず穏やかに過ごせると思ってここに住んでるのに、いきなり戦いなんて仕掛けるわけないじゃん」
天音の言うとおり、天音からはなんの殺意も感じられない。
だからといって油断して良い理由にはならないが、少なくても敵ではないだろう。
もし敵だった場合、堂々と現れ戦いを仕掛けるよりも、不意打ちをする方がよほど理に適っている。
「それに我になんの用だ。停戦協定でも結びに来たのか」
「まっ、そんな感じ。私もすき好んで戦いたくはないしね~。でも少し違うかな」
「なにが違うと言うんだ? 我もすき好んで戦いたくはないし天音もすき好んで戦いたくはないのだろう」
「それはそうなんだけど~。せっかく同族に会えたし……それにメアリーも戦いとか好きじゃないじゃん。だから私たち、結構合うと思うんだよね」
「はぁーそれでお前はなにを言いたいんだ」
吸血鬼は血の気が盛んな奴が多い。
そのため、吸血鬼は馬鹿なんじゃないかというぐらい暴力的だ。
でも天音もメアリーと同じように戦いが好きではない吸血鬼らしい。
だからてっきり停戦協定を結びに来たと思っていたのだが、違うらしい。
なかなか本題を言わない天音にイライラしてきたメアリーは早く本題を言うように天音に促す。
「せっかくこんな地で気の合う吸血鬼と出会えたんだから、私たち、お友達にならない?」
「……はっ?」
照れくさそうに話す天音を見ながらメアリーは天音の言ったことが理解できずに、変な声を出す。
「本当に面白い吸血鬼だな、天音は」
「えへへ、そんなことないよ~。だから私は吸血鬼社会に馴染めなかったんだけどね」
「……それは、我も同じだ。毎日血で血を洗う生活はもうこりごりだ」
褒めた意図はないが、天音はなぜか嬉しそうな表情を浮かべている。
天音の言うとおり、吸血鬼社会に馴染めなかったのはメアリーも同じだ。
血で血を洗う日常。
それが嫌だったメアリーは、吸血鬼が生息していないと言われている極東、つまり日本にやって来たのだ。
「でしょー。私も嫌なの。でも吸血鬼って血の気が盛んだから言葉じゃなくすぐに暴力で解決しようとするし。私が言うのもアレだけど、メアリーも変わってるよね。戦いが嫌いなんて」
「それを言ったらお前もだろ」
「だね~」
吸血鬼トークで盛り上がる二人。
日本に来て約三百年、まさかこんな極東で同族と出会うなんて思わなかった。
もし、天音が好戦的な吸血鬼だったらこんなに、のんびりとお喋りなんてできなかっただろう。
そもそも吸血鬼は言葉ではなく拳で語る生き物だ。
天音には敵意も殺意も感じられない。
こういう吸血鬼が多かったら、きっと吸血鬼社会も今よりかは居心地が良かったのかもしれない。
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