13-36.就任


 サトゥーです。役職につくというのは責任が増えるものの、その席について初めてできる事もまた増えます。現代日本の場合は残業代カット目的の部下無し課長みたいな場合もありますけどね。





「ちょっと用事ができたから、先に会場で楽しんできて」

「サトゥー! エスコートが、パ、パートナーを置き去りにするんですの?」

「すみません。宰相閣下からの呼び出しなのです。リナ様、申し訳ありませんが、カリナ様の事をよろしくお願いいたします」

「はい、お任せください!」


 置き去りにされるのが不安なのかカリナ嬢は不満げだったが、後の事はエムリン子爵令嬢に丸投げしておく。


「リザとルルはこの子達が失敗しないように見守っていてやってくれ」

「承知いたしました」

「はい、がんばります!」

「ちょっとぉ、そこはアリサちゃんにお願いするところでしょ」

「ん、不服」


 不服を訴えるアリサとミーアの頭を撫でてごまかし、先ほどから静かに待っている紳士に付き従って宰相の執務室へと向かった。





「観光省の副大臣を任せたい」


 宰相の執務室に呼び出された件は、一言に纏めるとそんな感じで終わる。


「恐れながら、私では力不足でございます」


 もちろん、オレは即答で断った。

 観光という単語には惹かれるが、実際は宰相の子飼いの諜報機関の体のいい隠れ蓑だ。


 それにナナシの時に交わした話では、サトゥーは王都の守りにするような事を言っていた気がするのだが、アレはどうなったのだろう?


「私などより、高貴な生まれで経験豊富な方は――」

「貴公が適任なのだ」


 オレの言葉を遮って宰相が断言する。

 いや、断言はいいから変なポーズで筋肉を主張するのはやめてください。


「観光省は良いぞ。未だ大臣である私と事務方しかおらぬが、観光省専用の小型飛空艇が陛下より貸与される」


 なるほど、観光用の足を提供してくれる訳か。

 自前の飛空艇があるが、大っぴらに飛空艇で移動できるのは便利かもしれない。


 さらに続くセリフで、ナナシとの会話の齟齬が埋まった。


「この飛空艇は王国最高の速度を誇り、長距離魔信の秘宝アーティファクトを搭載しておる」


 なるほど、王国で何かあった時に外から救援に向かう為の装備のようだ。

 もっともナナシで先に障害を片付ける予定だから、あんまり関係ないね。


「さらに、大国であるシガ王国の国威を利用して、訪問国の一般人では見られないような施設や行事を見物したり、各国の宮廷でしか味わえぬような特別な料理を口にする事ができるだろう」


 むむむ、それはちょっと食指が動く。

 立ち入り禁止の場所でも、ユニット配置や空間魔法でこっそりと侵入する事はできるけど、それだと興醒めなんだよね。


「そして、観光省の本年度の予算である金貨1000枚を湯水のごとく使用して構わぬ。むろん、使途の報告はしてもらうが、それは形式にすぎん」


 既に消費よりも収入の方が遙かに多いので、金銭的な事はどうでも良い。

 だが、これだけのエサを使って、宰相は何を釣り上げたいのだろう?


「――むろん、これらの権利には義務が伴う」


 オレの内心を読み取ったかと錯覚するタイミングで宰相が話を転換する。


 さて、ここからが本題だ。


 諜報関係の話が始まるのだろう。

 深入りしないうちに、上手く話を逸らして逃げだそう。


「他国や都市を訪問した際には、名所や名物などの報告書を作成してもらう。特に保存の利く名物はサンプルを確保し、確実に持ち帰るように――」


 ――あれ?


「また、名物や特産品は調理レシピを確保するか、貴公か貴公の料理人による推測レシピを必ず添付する事。シガ王国にない素材の場合、代替品の考察も必要だ。植物であれば種と育て方を確保するように」


 ちょっと待て――。

 宰相アンタ、もしかして自分が気軽に国外旅行できないから、オレに代わりに行かせようと考えているだけじゃないのか?


 そんな思いが伝わったのか、宰相はゴホンと咳払いをして、取り繕ったように建前を話し出す。


「これらは此度の『大乱の世』で各国が育んだ文化が消え去らないように保護する為だ。決して私の趣味や食欲を満たすためではない」


 食欲とか言っちゃってるよ。

 宰相なら本気で言っていそうだけど、演技の可能性もあるのでもう少し確認しよう。


「では、各国での諜報活動は不要なのですか?」

「もちろんだとも。諜報が必要な国には何十年、国によっては何百年も前から諜報員を派遣しておる。今更、にわか仕込みの貴族を送り込む意味はない。それに諜報活動を口実に、貴重な飛空艇を奪われたら大損害だ」


 なるほど、忍者の「草」みたいに現地に溶け込んでいる人員がいるわけか。


「貴公にこの役職を与えるのは、食文化を効率的に収集できる人材であると共に、貴重な飛空艇を魔物や他国から守れるだけの武力を持つからだ」


 宰相の言う通り、オレや仲間達なら魔王や上級魔族が奇襲を掛けてこない限り、飛空艇を傷つけられる事はないだろう。

 壊れても直せばいい話だしね。


 そうだ、もう一つ聞いておこう。


「もし、訪問していた国が魔物や魔王に侵略されていた場合は?」

「魔王や竜が相手ならば即座に逃げよ。それ以外で貴公らが勝てる相手ならば、助けて恩を売るも良し、見捨てるも良しだ」


 宰相は口ではそのように言っていたが、オレなら必ず助けると確信しているような口ぶりだ。

 その通りなんだけど、見透かされているようで微妙に気分が悪い。


「国家間の戦争の場合はシガ王国として片方に加担する事は禁ずる」


 つまり人間同士の戦争で介入したいなら、バレないようにヤレって事か。


「さらにパリオン神国やイタチ共の帝国など、魔王復活の預言がある国への訪問も禁ずる」


 さっきも魔王が出たら逃げろって言っていたしね。

 それにそっちの国はナナシで訪問する予定だから、禁止されていても痛くない。


 おっと、思考がいつの間にか引き受ける方に進んでいた。

 さすがは大国の宰相。交渉が上手い。


「退任規定はございますか?」

「訪問国の報告書を上げてからならば任意で構わぬ」


 この質問の答えからして、本気で諜報活動に使う気や外交に使う気はなさそうだ。


「それはまた……それでは受ける側が有利過ぎないでしょうか?」


 オレの質問は宰相に鼻で笑い飛ばされた。


「ソルトリック殿下も言っていたが、貴公は少々お人好し過ぎるな。慎重なのは良い事だが、相手の失言は利用するくらいの気概で行かねば、サガ帝国やガルレオン同盟などの古い国でいいように利用されるぞ」


 ごもっとも。システィーナ王女の部屋で会った時にソルトリック第一王子にも同じような事を言われた覚えがある。


「――貴公に枷を付けず放流すれば勝手に王国の利益になる行動を取ると、ロットル子爵やオーユゴック公爵が言っておったしな」


 宰相が小声でそう呟く。

 聞き耳スキルが拾ってきたが、普通ならまず聞こえない声量だ。


 色々と身に覚えがあるので反論できない。


「では返答を聞こう――」


 オレはしばし黙考する。


 魅力的ではあるが、受けるメリットが少ない。

 受けるデメリットも殆ど無いのだが……。


 迷うくらいなら断るとしよう。

 無理に理由を付けて副大臣になる事もないだろう。


 口を開こうとした瞬間、オレが乗り気でないことを察したのか、宰相が執務机の上に載っていた数冊の本をポンと叩く。

 彼は一番上に載っていた紐綴じの本をオレに差し出した。


「これは?」

「私の在任中に集めた各国の名産品や美食の情報を纏めたものだ」


 ――なん、だと?!


「旅を好む君なら、喉から手が出るほど欲しかろう?」


 くぅ、最後にこんな隠し球を出してくるとは……。


 宰相、やるなっ!


「副大臣を務めるというなら、これらの本に加え、各国の有力者に書かせた紹介状を付けてやる。気むずかしい料理人相手でも交渉の手間が省けるだろう」


 GJぐっじょぶ!!


 ここまでされては仕方ない。

 やけにいい笑顔な宰相の顔が悔しいが、ここは彼に華を持たせよう。


 しばし、黙考の末――。


 宰相に、オレは諾と答えた。





 詳細は後日ということで、夜会に向かうべく宰相と連れだって彼の執務室を出る。

 飛空艇は艤装中らしく、受け渡しは一ヶ月後との事だった。


 それまでの間に、サトゥーとしてシガ王国でしなければならない事をやっておこう。


 しなければならない事をリストアップしながら歩いていると、宰相が急に立ち止まった。

 レーダーに青いマーカーが映っている。ヒカルだ。


 ヒカルは国王夫妻と連れだって夜会の会場へと向かう途中らしい。

 和気藹々とした様子から、王妃達とも仲良くなれたようだ。


「これは陛下」


 宰相と共に国王一行に跪く。


「あら、宰相。そっちの子は息子さん?」


 ヒカルがわざとらしい質問をする。


「いいえ、サトゥー・ペンドラゴン子爵と申しまして、私の部下でございます」

「ではようやく副大臣が決まったのだな」

「はい、陛下にはご心配をおかけいたしました」


 宰相の返答に、先に反応したのは国王だった。


「ふ~ん。宰相の部下か~」


 ヒカルがいたずらを思いついた顔でニヤリと微笑む。


「じゃ、会場までサトゥーにエスコートしてもらうわ!」

「王祖、いえ、ミト様のエスコートなら私が……」

「だめよ、陛下は王妃様達をエスコートしてあげなきゃ」


 国王の申し出をヒカルがすげなく断る。


「では私が陛下に代わりまして」

「あら? 今日の夜会は奥様が来るって言ってなかった? たしか紹介してくれるって言ってたわよね?」


 インターセプトしようとした宰相も、ヒカルの口撃にあえなく轟沈した。


「サトゥー、手を」


 ヒカルの勝ち誇った顔がしゃくに障るが、立場上ヒカルの頼みを断れない。

 会場までエスコートしたら、素早くフェードアウトすればいいかな。


 ヒカルというか公爵夫人をエスコートしたら目立ちそうだが、既にリザの件や子爵陞爵の件で悪目立ちした後なので、いまさらだろう。


 オレはヒカルの手を取り、国王夫妻や宰相の後について回廊を進んだ。





 ヒカルの紹介シーンは省こうと思う。

 少々混乱に巻き込まれたものの、宰相の一喝ですんなりと場が収まった。


 今はヒカルの懇願と周囲の雰囲気に押されてホールの中央で、夜会の主役の様にダンス中だ。

 やがて、曲が終盤へと至る。


「ふう、イチロー兄と念願のダンスを踊れて満足だよ」

「なんだ? 踊りたかったなら、屋敷のホールでいくらでも踊ってやったのに」

「違うよ~、こういうパーティー会場だからいいんじゃない」


 満足そうな吐息を漏らすヒカルを連れて、ダンススペースから退去する。

 この後、ヒカルは王子や王女との歓談があるので、オレはヒカルと分かれてアリサ達の所に向かう。


 だが、行く手を阻む者が現れた。


「こんばんはサトゥーさん。先ほどのミツクニ公爵夫人とはどこでお知り合いになられたのですか?」

「こ、こんばんはセーラ様」


 ニコリと笑みを作りながらも、目が笑っていないセーラが怖い。

 浮気男のような立場に立たされているのはナゼだ。


「サトゥー! 私を置き去りにしておいて、どうして公爵夫人のエスコートなんてしているんですの?」

「……サトゥー様、私信じてます」


 そこに怒り心頭のカリナ嬢と不安そうな顔のエムリン子爵令嬢までが現れる。


「おい、あそこ見ろよ。修羅場だぜ」

「新興の子爵だろ?」

「あちこちに見境無く手を出すからああなるのさ」


 青年貴族達の間から、やっかみ混じりの不本意な噂が聞こえてくる。

 だれにも手を出していないのに酷い話だ。


「サトゥー! わらわも来たのじゃ! メリーアンも一緒じゃぞ!」

「ご無沙汰しております、ペンドラゴン子爵様」


 元気な声に振り返ると、迷宮都市にいるはずの小国ノロォークのミーティア王女やデュケリ准男爵令嬢のメリーアンの姿があった。

 人垣の向こうにはデュケリ准男爵の姿もあったので会釈しておく。

 メリーアンは今年で成人だから婚活に来たのかもしれない。


「サトゥー様! 聞いてください! 今日はとても大変な目にあったのです」


 ピンク髪を振り乱した小国ルモォークのメネア王女の姿もある。

 昼間に魔王シンに襲われたはずなのに、なんてタフなんだ。


 遠くからグルリアン太守令嬢のリリーナを初めとした知り合いの貴族娘さん達がこちらに来るのが目に入る。

 なにやら、場が混沌としてきた。


 いつもなら、まばらにダンスを踊ったり歓談したりする程度なのに、今日はどうした事だろう。


 まあ、いいか。

 錯覚だろうけど、たまにはモテモテ男の気分を味わおう。


 メンバーの殆どがロリロリしているけど、贅沢はいけないよね。





 娘さん達が満足するまでダンスに付き合った後、仲間達の様子を見てくると告げて逃げ出す事に成功した。


「まんぴく~?」

「おなかポンポコリンなのです」

「実に美味でした。エキューの丸焼きの味は忘れられません」


 センターホールの立食スペースの一角で、獣娘達が満足そうな顔でくつろいでいる。

 どこかの通貨単位のような名前の丸焼きには興味があるが、既に肉のひとかけらも残っていなかった。実に残念だ。


「ご主人様、遅かったじゃない」

「ん、遅刻」

「マスターの帰還を歓迎します」


 アリサとミーアの小言を聞きながら、ナナが差し出してくれた果実水のグラスを傾けて喉を潤す。


「お帰りなさい、ご主人様。少しですけど、色々と料理を取り分けておきました」

「ありがとう、ルル」


 そう言ってルルが差し出してくれた大皿を受け取り、色々な味覚を楽しむ。

 リザが絶賛していたエキューの丸焼きは、獣系の肉の味なのだが牛とも豚とも違う濃厚な味で、彼女が好むのが納得できる歯ごたえのある食感をしていた。

 皿に料理を取り分けるのはリザの発案だったらしいので、リザにも礼を言っておく。


 空腹が癒えたところで、少し腹ごなしに庭の散策をする事にした。

 ダンスもいいが、光る花々の咲き乱れる小道まで皆を連れて散歩に行く。


 レーダーが夜会会場に来たゼナさんを捉えたので、軽く一周したら会いに行こう。

 マップで確認したところ、セーリュー伯爵令嬢の巫女オーナさんと一緒らしい。


「ねぇ、あれミトっちじゃない?」


 アリサの指さす先には、花園の中に一人立ち、涙を堪えるように天を見上げるヒカルがいた。


「ミト」

「あ、イチ――サトゥー」


 オレと目が合うと、ヒカルが無理やり作ったような微笑みを浮かべる。


「何かあったのか?」

「ううん」


 オレの言葉にヒカルが首を横に振る。


「国王の家族にイヤミを言われたとか?」

「あはは、無いよ。みんないい子達だよ」


 アリサの問いをヒカルは笑って否定する。

 でも、無理に作った笑顔なのか、すぐに笑いが止まり、アンニュイな表情に戻った。


「でも、いい子達過ぎて、シャロリック君達の事を思い出しちゃって――」


 ――泣けてきたのだとヒカルが呟いた。


 オレはヒカルの頭を掻き抱き、好きなだけ泣かせてやる事にした。


 場を察したリザがアリサ以外の子達を連れて、近くの東屋へと移動してくれた。

 アリサはオレとヒカルが変な雰囲気にならない用の監視らしい。


 ヒカルを落ち着かせている間に、風の気配を感じた。

 詩的なものではなく、風魔法の「風探索ウィンド・サーチ」だろう。


「あ、ゼナたんとリザさんだ」


 そして、ようやくヒカルが涙を拭けるようになった頃に、ゼナさんが東屋の方から姿を現した。


「サトゥーさん……あれ? 今日はミトさんも一緒なんですか?」

「ええ、ちょっと人混みで気分が悪くなったそうで、夜風に当たらせていたんですよ」


 そうか、ゼナさんにはヒカルの事を幼馴染みだと紹介していたっけ。


 ゼナさんは伯爵やオーナさんを会場に残して、一人でオレを探しに来たらしい。

 そのゼナさんを見つけたリザが案内を買って出たとの事だ。


 そして、ゼナさんを見つけたのはリザだけではなかったようで――。


「サトゥー?! ま、またこんな場所でいちゃいちゃと」

「あれ、カリナたんにセーラ様じゃない」


 セーラを連れたカリナ嬢が肩を怒らせてこちらに歩いてくるところだった。セーラは笑顔だが、頬が引きつっている気がする。


 今日は修羅場のシチュエーションが多いな、と他人事のように考えたのが悪かったのか、さらなる爆弾が場に投げ込まれた。


『ヤマト? シガ・ヤマトか?!』


 その声はカリナ嬢の額で青い輝きを放つ、「知性ある魔法道具インテリジェンス・アイテム」のラカからだった。


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