13-37.就任(2)


 サトゥーです。知人同士が知り合いだと「世間って狭いよね」で済ませることが多い気がします。ですが、異世界では少々事情が違うようです。





「あれ? マースティルなの? その美人さんが今のご主人様?」

『懐かしい呼び名だ。その名を知るという事はやはりヤマトの子孫ではなく、シガ・ヤマト本人なのだな?』


 ――ラカとヒカルが知り合いだったのか?


 マースティルっていうのはラカの昔の名前だったのだろう。

 ヒカルが肯定の言葉をつむぐ前に口を塞ぐ。


「あ、あの! ミトさんはサトゥーさんの幼馴染じゃなかったんですか?」

「そこの貴方、それは本当ですか?」

「は、はい」


 ゼナさんの発言を耳聡く捉えたセーラさんが問い正す。

 そういえばこの二人は面識がなかったっけ。


「ラカさん、知り合いですの?」

『ああ、何代か前の主人が仕えていた王だ。カリナ殿がたまに噂しておった、王祖ヤマトとはこの娘の事だ』


 ラカがカリナ嬢の質問に答えてしまった。

 せっかくヒカルの口を塞いだのに意味が無い。


「くっつき過ぎ」


 足元で状況を見守っていたアリサが、オレとヒカルを引き離す。

 なぜかヒカルの顔が赤いが今は先にする事がある。


「サトゥーさん、質問があります――」


 セーラさんが真剣な顔で切り出そうとしたが、オレは人差し指を伸ばして彼女の唇を押さえて押し止める。


 ここで三人を煙に巻くのは可能だ。

 ヒカルを王祖ヤマトと認め、「幼い頃から彼女に鍛えられて強くなった」と告げればいい。


 だが、詠唱が使えるようになって拠点確保も敵対者の人心操作も可能になった今、親しい友人に嘘を吐く必要はないだろう。


「――それを聞いたら後戻りできませんよ? それでも知りたいですか?」


 もっとも、それは相手がデメリットを認識した上で真実を知りたい場合に限る。


「はい」


 躊躇無く答えたのはセーラさんだ。

 たおやかな見た目にそぐわぬ直情型の性格をしている。

 セーラさんが聞いたら嫌がりそうだが、こういう所は彼女の姉のリーングランデ嬢に似ているかもしれない。


「私も知りたいです」


 続いて答えたのはゼナさんだった。

 少し逡巡していたようだが、キリッとした表情でその言葉を口にした。


「――わ、わたくしも、その……サトゥーの事が知りたいです」


 最後に震える声でカリナ嬢が肯定する。





「では、話しましょう」


 オレはアリサとヒカルに後の事を頼み、三人を連れて迷宮都市セリビーラにある「蔦の館」へとやってきた。

 ペンドラゴン邸やエチゴヤ邸に行くわけにもいかないし、夜中に照明があって防諜が完璧な場所を他に思いつかなかったのだ。


「こ、ここは?」

「迷宮都市セリビーラの『蔦の館』です」


 一番初めに我に返ったゼナさんに事実を伝える。


「そ、そんな! さっきまで王都にいたのに!」

「本当ですの、ラカさん?」

『すまぬカリナ殿、我もそこまで万能ではないのだ』


 驚く面々を落ち着ける為に、エントランスホールを抜けて応接間に向かう。

 移動中に管理人室から寝惚けまなこのレリリルが姿を現した。


「サトゥー様! お越ししたか!」

「やあ、レリリル。応接間を借りるよ」

「それれしたりゃ、おひゃをお持ひ致しますひたひまふ


 レリリルは夜が早いので、すでに舌が回っていない。


「お茶はいいから寝ておいで、お茶はまた明日にでも頂くよ」

「ふあい、おやふみなふぁい」


 ふらふらのレリリルを管理人室のベッドに寝かせ、待たせていた三人に詫びて応接間に腰を落ち着けた。


「あの、さっきの子は?」

「ああ、この館の管理人で家妖精ブラウニーのレリリルっていうんです」


 ゼナさんの質問に簡潔に答える。


「賢者トラザユーヤの『蔦の館』……なら、サトゥーさんは……」


 セーラさんが小声でブツブツ言っていて怖い。


 ストレージから取り出したお茶とお菓子をテーブルに並べて話を切り出す。

 ユニット配置で驚いたのか、どこからともなくそれらの品が現れた事に突っ込む者はいなかった。


「では、私の正体をお教えしましょう」


 せっかくだから時系列順に行こうか。


「ある時は、セーリュー市の上級魔族を退治した銀仮面」


 セリフと共に金髪のカツラと銀仮面を被る。


 ゼナさんが驚きの表情を浮かべる。

 ムーノ市でも使ったので、カリナ嬢も同じ反応だ。


「またある時は、公都地下に復活した『黄金の猪王』を退治した白仮面」


 今度は笑顔の白仮面に変える。

 セーラさんがハッとした表情で固まった。


「そして、その正体は――勇者ナナシ。サガ帝国の勇者達と同じく異世界から招かれた者です」


 最後に紫色のカツラを被って、役者のような一礼をする。

 三人は最後まで笑わずに聞いてくれた。


「ご清聴ありがとうございました。何か質問はありますか?」


 オレはサトゥーの姿に戻って、明るく尋ねる。

 秘密を吐露すると、心が軽くなるね。


「サトゥーさん」


 最初に口を開いたのはセーラさんだ。

 目からはらはらと涙を流しながら、オレの手を取って言葉を紡ぐ。


「あなたが、私を魔王の手から救ってくださったのですね」


 救ったというのは間違いだ。

 オレは彼女を死なせてしまったのだから。


「あの時は力及ばず――」

「いいえ!」


 オレの否定の言葉をセーラさんが強く遮った。


「いいえ、サトゥーさんが私の身体を魔王の手から取り戻し、『蘇生の秘宝』に魔力を注いでくれたから、私は今ここにいるのです」


 そこでセーラさんが一度言葉を切ってオレを見つめる。

 近距離で彼女の唇が震えているのが判る。


「だから、言わせてください。私を救ってくれてありがとうございます」


 感謝の言葉を口にして感極まったのか、そのままセーラさんに熱烈なキスをされてしまった。

 ただ口と口を合わせるだけの初々しいキスだが、彼女の気持ちが届くような熱さを感じる。


 綺麗な女の子にキスされるのは悪くないが、こういうのはもう5~10年くらい後にしてほしい。


 ゼナさんやカリナ嬢が泣きそうなので、セーラさんの肩をポンポンと叩いて顔を離させる。


「ご、ごめんなさい、サトゥーさん。突然、こんな――」

「構いませんよ」


 アリサみたいに隙あらば狙ってくるスタイルじゃなければ、キスくらいで怒ったりしない。

 さすがに、恋人がいる時にされたら怒るけどね。


「ゼナさんやカリナ様は質問はありませんか?」


 ジットリとした泣きそうな視線をステレオで浴びながら、問いを重ねる。


「サ、サトゥーさんは。いえ、サトゥーという名は偽名なんですか?」

「そうですね……偽名と言えば偽名ですね。異世界にいた時の名は鈴木一郎と言います」

「スズキイチロー……」


 ゼナさんが悲しそうにオレの本名を呟く。


「ですが、こちらの世界に招かれた時の私の名前は『サトゥー』でした。ですから、この体の名前はサトゥーが本名なのだと私は思います」


 ちょっとこじ付け臭いが、この若返った身体の理由も判っていないしね。

 アリサ達にも「サトゥー」と呼び続けさせているし、この世界にいる限り、サトゥーが本名って事でいいと思う。


 オレの言い訳を聞いて、ゼナさんが涙を拭きながら「はい」と頷いた。

 納得してくれたようで良かった。


「そ、その……」


 今度はカリナ嬢が質問するようだ。


「サトゥーは世界中の魔王を全て倒したら異世界に帰るんですの?」

「それは判りません」


 いいにくそうなカリナ嬢にオレは曖昧な答えを返した。


「そもそも、なぜこの世界に招かれたかも判りませんから」


 ヒカル達の話だと、メネア王女の国で召喚された八人目はオレではなくシン少年だったそうなのだ。

 それこそオレをこの世界に呼び出したのは、パリオン神以外の神々、もしかしたら魔神なのかもしれない。


 狗頭がオレを魔神と間違えていた事から、魔神の分霊わけみたまや対竜対神兵器の可能性さえある。

 この辺りは憶測なので、まだ誰にも話していない。


「そうですの?」

「はい、私がセーリュー市の近くに現れたのはゼナさんと出会う数日前ですから」


 カリナ嬢の疑問に簡単に答える。

 アリサ達にも話した事だが、ゼナさんの反応は少々違った。


「それじゃ、あの『星降り』は?!」

「ええ、私が使った魔法です。その節はお騒がせしました」


 セーリュー市では大騒ぎになっていたので、ゼナさんにも詫びておく。


 その後、彼女達の幾つかの質問に答え――なぜか元の世界に恋人がいたかとか聞かれた。

 今現在、アーゼさんという想い人がいる以上、意味の無い質問だと思ったが、ちゃんと答えておいた。

 ヒカルの説明をする時にエチゴヤ関係にも軽く触れておいた。クロの正体をオレと知ったゼナさんが目を丸くして驚いていたが、セーラさんのような過激な反応は無かった。

 数多くのプライベートな質問に答えた後、王城の庭園に帰ろうという段になって、一つ忘れていた事を思い出した。


 オレの秘密を口外しない、と約束してもらわないとね。


「――これが私の秘密の全てです。秘密にすると約束していただけますか?」

「はい、決して口外いたしません」

「命に代えても秘密は守ります!」

「わ、わたくしもサトゥーとの秘密を誰にも言いませんわ」

『我も口外せぬ事を誓おう』


 三人が真摯な顔で承諾してくれる。

 本来なら、ここで無詠唱の「契約コントラクト」スキルで縛るべきなのだろうが、友人相手にだまし討ちみたいな事はしたくないので、彼女達の真摯な友情を信じようと思う。


 ――カリナ嬢はうっかりと秘密を口にしちゃいそうだ。


 もっとも、その時でも対処法はいくらでもある。

 タチの悪い相手なら、精神魔法で記憶を操作すればいいだけだしね。





 そして、オレの秘密を知る事になった者が三人増えた翌日、オレは仲間達と一緒に陛下の御前で「階層の主フロア・マスター」討伐の褒美を受け取っていた。


 褒美と言っても、戦利品をオークションで売却したお金なのだが。


「ペンドラゴン子爵、セリビーラの迷宮上層の『階層の主』討伐褒章として、金貨3500枚を授ける」

「謹んでお受けいたします」


 魔剣売却の一割ほどか――って、ちょっと金銭感覚がおかしかった。

 このお金は等分して仲間達に渡そうと思う。皆が大人になった時にお金が必要になる事があるだろうからね。


 そういえば空力機関の代金を受け取っていない気がする。

 まあいいか。額が額だし、金利無しの1000年ローンとかで払ってもらおう。


 中層の「階層の主フロア・マスター」討伐を行なったチームは、ジェリル達のパーティーがビスタール公爵領に遠征に行っているので、第二席のパーティーでリーダーをしていた斥候のマーモット氏が代表で受け取っていた。


 オレが褒美の目録を受け取って下がろうとしたところで、宰相からそのままでいるようにと告げられる。


「続いて、空席となっていた観光省の副大臣人事を発表する」


 ――いや、オレを残した時点で発表したようなものじゃないか。


 案の定、聞き耳スキルが貴族たちの噂を拾ってきた。


「ま、まさか。成り上がりの子爵を副大臣に?」

「ばかな! あのような出自の怪しい者をそのような重職につけるとは!」

「私こそが、一番観光できるのに!」

「陛下はご乱心なされたのか?」


 おいおい、オレはともかく最後の人は聞こえていたら不敬罪で処刑されるぞ。


 それから「一番観光できる」ってなんだ?

 後で気が合いそうだったら、友人になろう。


「ペンドラゴン子爵を観光省の副大臣に任命する」

「謹んで拝命いたします」


 国王の前で跪き、恭しく副大臣の任命書を受け取る。

 身分を証明する印章や宝杓セプター、それから勲章のような物を受け取った。どれも魔法道具になっているらしい。


「過酷な任務ゆえ、余より随員を与える」


 ――え? 聞いてないよ?


 随員なんて邪魔なんですけど。


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