13-35.エスコート


 サトゥーです。海外の青春ドラマにはダンスパーティーに行く若者達の姿がよく描かれています。日本では学祭くらいでしか見ませんが、お手軽に非日常感が味わえて結構好きでした。





「ミト・ミツクニ公爵夫人・・です、か?」

「そうだ」

「よろしくね~」


 支配人とティファリーザの二人にヒカルを紹介したところ、やけに驚かれた。

 ティファリーザは声こそ上げなかったが、微妙な表情の変化から相当びっくりしているのが分かる。


「ク、クロ様! ナ、ナナシ様ご結婚なされたのですか?!」

「――結婚?」


 支配人が血相を変えて詰め寄ってくるが、意味が分からない。

 なぜクロがナナシと結婚なんて――。


 そこまで考えて彼女の誤解がなんとなく理解できた。

 おそらく彼女はヒカルを見て、ナナシの事を女性と誤解したのだろう。


「落ち着け支配人。我は結婚などせぬ。ミトは少々訳あってミツクニ公爵夫人となったが、ある意味彼女はナナシでもあるのだ」

「どういう事でしょう?」


 オレの説明に困惑気味の支配人に、もう少しかみ砕いて話を伝える。


「ナナシの影武者――ナナシの代わりにミツクニ公爵夫人として、王や上級貴族との社交を担当してもらう事になっているのだ」

「では、黄金騎士団のお一人なのですね」

「そんなところだ」


 そのうちヒカル用のオリハルコン製の鎧を作らないとね。


「では、以後はミト様にエチゴヤ商会の運営を――」


 早合点する支配人を片手で制する。


「エチゴヤ商会に関しては今後とも支配人に一任する。ミトが行うのは王や宰相との社交のみだ」


 オレよりも大ざっぱなミトに商会の運営ができるとは思えないので、商会の切り盛りは今後とも支配人任せになるだろう。


「頼りにしているぞ」

「はい! クロ様のご信頼にお応えいたします!」


 テンション高く宣言する支配人に気圧されながら、オレは執務室に他の幹部達を呼んでミトを紹介しておいた。

 幹部達も支配人と同じ誤解をしていたようだが、それを解くのは支配人に任せた。


 なお、オークションの打ち上げパーティーは明日の晩の予定だ。

 連日無理をさせていたので、今日はたっぷりと休息を取らせ、万全の状態でパーティーを行う予定になっている。


 ミトの紹介が終わったので、彼女をパーティードレスに着替えさせる為にペンドラゴン邸に連れて戻ろうとしたのだが、支配人に呼び止められた。


「クロ様、お帰りの前に早急にご相談したい案件がございます」

「聞こう――」


 オレはミトを先にユニット配置で送ってから、支配人の話を聞く。


「宰相閣下から、新造の小型飛空艇の改装依頼が来ております」

「エチゴヤ商会にか?」

「はい、商会の工場では小型とはいえ飛空艇の改装ができるような設備がございませんので、私の一存でお断りしたのですが、クロ様かトリスメギストス様に打診してほしいと命じられまして……」


 謝る支配人から改装のレジュメを受け取り、パラパラと流し見る。

 ちなみに、トリスメギストスは魔法道具を作るときのオレの偽名だ。


「防御盾の増設に、墜落防止機構、衝撃吸収型の客席の増設か。どう考えても魔力炉では出力が――賢者の石を提供?」


 レジュメの最後に書かれていた文字に、読み間違いかと目をこすりそうになった。

 オレのストレージにはエルフ達から貰った賢者の石や「竜の谷」で得た紅貨がたくさんあるが、一般的にはほとんど流通していない品のはずだ。


 シガ王国のような大国でさえ、国宝級の秘宝アーティファクトにしか使われていないはず。


「用途は書かれていないが、王族の御座船でも作るのか?」

「宰相閣下は用途については何も」


 非常時用の王族脱出船なのかもね。

 あの国王の事だから、自分用ではなく子供や孫を脱出させる為の物じゃないかと思う。


 エチゴヤ商会用の小型飛空艇を作ろうと思っていたし、同型を2、3隻作っておくか。

 魔法も使えるようになったから、アリサやミーアに新しい魔法を暗記してもらう必要もなくなったし、すぐに作れるだろう。


「宰相に飛空艇の件を了承したと伝えろ」

「かしこまりました」


 そうだ――。


「博士の空力機関の開発は順調か?」

「は、はい。設計が完了したので、予算と素材と実験場所を用意してほしいと相談を受けました」


 おっと、もう設計が終わっていたのか。やけに早いな。

 オレが意外に思ったのを察したティファリーザが冷たい声で補足する。


「先日お渡しした書類の中に含まれていたはずです」

「すまない。まだ目を通していなかった。予算と素材は我が用意しよう。実験場所については防諜を考慮した場所を宰相に提供してもらえ」

「承知いたしました。先ほどの改装の件がありますので、すぐにでも用意していただけるでしょう」


 オレは地下金庫に怪魚のヒレと金貨の袋を置いてペンドラゴン邸へと戻った。





「おおっ! ま――すごいな」


 盛装に着替えて化粧や装飾品で魅力値が1200%アップしたヒカルを見て、思わず「馬子にも衣装」だと言いかけたが、なんとか軌道修正に成功した。


「ちょっと……そこはもっと違う言葉で褒めてほしいかな」

「いや、見違えるくらい綺麗だよ」


 どうも日本で最後に見た姿が印象に残っているので、本物のお姫様みたいな姿に驚いたのだ。

 あの頃はスッピンの上に連徹でヨレヨレだったから、この盛装と比べるのは失礼かもしれない。


「じゃ、じゃ~ん!」

「じゃん~?」

「じゃじゃじゃ、じゃ~ん、なのです」

「褒めて」


 そこにおめかしした年少組の四人が現れた。

 くるくる回ってドレスを見せる四人が実に可愛い。

 ミーアがストレートに褒めろと要求してきたので、「みんな綺麗だよ」とスタンダードな褒め言葉を贈っておいた。


 予定よりも夜会の中止が多かったので、今日も皆のドレスは新作だ。


「私にはこのような晴れ着は似合わないと思うのですが……」

「大丈夫、似合っているとリザを褒めます。マスター、夜会装備の評価を依頼します」

「ナナの言うとおりだ。似合っているよ、リザ。もちろん、ナナのドレスも綺麗だよ」


 シックなリザとお色気たっぷりのナナを褒める。

 ナナは胸元の谷間が素敵すぎるので、レースのショールでガードするように指令をしておく。あまり色っぽ過ぎると変な虫が寄ってくるからね。


 なお、リザのドレスは肉料理を食べる時に袖が汚れないように、ワンタッチで袖を留める為のギミックが隠されている。


 シロとクロウの二人は学友の家でお泊まり会なので、ここにはいない。

 そういえば詠唱のおかげで「契約コントラクト」スキルも使えるようになったし、ナナの同意があれば二人は奴隷から解放して守秘義務の契約に変えてもいいかもしれない。

 二人で上手くいったらティファリーザやネルも、契約変更してみようか。


「あ、あの……」


 衣装部屋との扉から顔を半分覗かせたルルが、恥ずかしそうに声を掛けてきた。


「もう! さっきから、似合うって言っているじゃない! アリサちゃんのセンスを信じなさいってば!」

「ア、アリサ、そんなに引っ張らないで」


 アリサに引っ張られて足をもつれさせながらルルが部屋に入ってきた。

 白いドレスに身を包んだその姿は正に――。


「――天使だ」


 オレの正直な称賛に、ルルが顔を赤くし過ぎて鼻血を出してしまった。

 幸い素早くハンカチでガードできたので、ルルの衣装は無事だ。


 介抱している時に、大人しめに見えるルルのドレスが意外に大胆な事に気がついた。

 脇が腰のあたりまで切り込みが入っている上に、背中も同じくらいまで開いている。肩甲骨のなめらかなラインやすべすべした白い背中が艶めかしい。


「見とれすぎ!」

「ぎるてぃ」


 アリサとミーアの鉄壁ペアが視線を遮るまで、ルルの背中から目が離せなかった。


 ――ルル、恐ろしい子。


 さて、そんな冗談はともかく、用意のできたヒカルをユニット配置で国王の執務室に送り、オレ達も夜会に行くために馬車を玄関に回してもらう。

 今晩の夜会は特別な料理が出る日らしいので、中止にならなくて良かった。


 音沙汰のないゼナさんが気になって現在位置を確認してみたところ、ゼナ隊の4人はセーリュー伯爵邸で忙しく動き回っていた。

 たぶん、セーリュー伯爵の無茶振りに応えているのだろう。


 がんばれ、ゼナさん。





 王城の夜会会場に向かう前に、オレはムーノ伯爵の宿泊する迎賓館を訪れた。

 昼間の隕石騒ぎで、誰か心労で体調を崩したりしていないか、様子を見に寄ったのだ。


 迎賓館の中に入ると、一階のサロンに見慣れない貴公子が数名ほど我が物顔でくつろいでいるのを発見した。

 レベルもスキルも貧弱だが全員やたらと顔が良い。

 一昔前の少女漫画で流行った耽美系と評するのが適当な容貌をしている。


「おい、あれ――」

「ペンドラゴン子爵か……」

「やはり、殿下や公女だけでなくカリナ様も――」


 なにやら好意的でない視線でジロジロと見られる。

 こちらには聞こえない程度の声量で話しているのだろうが、聞き耳スキルがすべて拾ってきてくれた。


 彼らのいるサロンとオレがいるエントランスの間には観葉植物や距離があるので、挨拶をするには少々遠い。


「子爵様、お出迎えが遅くなって申し訳ありません」

「こんばんはリナ様。伯爵にお目通り願いたいんだけど、いいかな?」

「はい、子爵様がおいでになったら、すぐに案内するように仰せつかっています」


 出迎えに現れた侍女見習いのエムリン子爵令嬢に連れられて伯爵の部屋へと向かう。

 彼女はカリナ嬢と一緒に今日の夜会に出るのか、初めて見る可憐なドレスを身にまとっていた。


 彼女のドレスを褒めた後、サロンの貴公子達について尋ねる。


「サロンにいた方達にご挨拶しなくて良かったのかな?」

「はい、構いません。どなたも無位無冠の准男爵家や士爵家の次男以下の方達ばかりです。カリナ様に取り入って仕官するか、あわよくばカリナ様を射止めて男爵や子爵の地位を得ようと考える方達ばかりなんです」


 どうやら、エムリン子爵令嬢は彼らの事を嫌っているようだ。

 ムーノ伯爵領は人材不足なんだから、ある程度教養のある人間ならニナ女史が雇いそうな気がする。


 伯爵の私室の前まで来たところで、扉が開いてカリナ嬢が出てきた。

 ひさびさの魔乳は相変わらず迫力と魅力を振りまいている。実に眼福だ。


「あら、サ――ペンドラゴン子爵。も、もしかしてわたくしのエスコートをしにいらしたのかしら?」


 カリナ嬢の抑揚が妙に怪しい。

 久々だから、オレ相手でも人見知りが発動したのかな?


「いいえ、昼間の騒動でムーノ伯爵が心労で伏せっていないかとご機嫌伺いに寄らせていただいただけです」

「――え?」


 オレはカリナ嬢にそう告げて、ムーノ伯爵の私室へと足を踏み入れる。

 もちろん、ここまで一緒に来ていた皆も一緒だ。


「アリサ、少し話がありますわ」

「ちょ、ちょっと。聞くから、そんな馬鹿力でひっぱんないでよ」


 カリナ嬢がラカを輝かせながらアリサを引き留めた。

 ちょっと気になるが、女の子同士の会話に割り込むのも無粋だろう。


「――話が違いますわ」

「おかしいな~、『恋愛マスター~これであなたにも恋人ができる!~』に『言い寄られて逃げる男は距離を取ったら追いかけてくる』って書いてあったのに……やっぱり這い寄るしかないのかしら?」


 扉の向こうから漏れ聞こえてきた声で、カリナ嬢がアリサの前世知識に振り回されていた事が判明した。嫌悪されていなかったようでなによりだ。


 さて、そんな二人はさておき、部屋の中にはムーノ伯爵とニナ女史が待っていた。


「はくしゃく~」

「久しぶりなのです」

「うむ、タマ君もポチ君も相変わらず元気いっぱいでよろしい」


 タマとポチの二人がシュタッのポーズで伯爵に挨拶をする。


 オレや他の皆も続いて時節の挨拶とご機嫌伺いを行なった。

 どうやら隕石騒ぎでケガをした人や心労で倒れた人はいなかったようだ。


「あたしやムーノ伯爵は明日の式典の後に領地へ帰るよ」


 ニナ女史がタマやポチと戯れるムーノ伯爵に代わって、予定を切り出した。


「例の領主に配られる小型飛空艇は遠隔地から順番らしいから、うちは半年後の予定だそうだ。再来月くらいから飛空艇の操作研修をやるために領内から人を送るから、都合が合うならアンタも一緒に研修を受けておきな」


 飛空艇の操作は知っているが、シガ王国の飛空艇の操作ルールを知らないので研修を受けるのは歓迎だ。


「それと、困ったことにカリナ様が迷宮都市に修業に行きたいと駄々をこねているんだ」


 ニナ女史は処置なしとばかりに首を横に振る。


「サトゥー君に任せてもいいかな?」

「ええ、畏まりました」


 カリナ嬢が迷宮都市に戻れるように協力する約束をしていたので、ニナ女史やムーノ伯爵の頼みを快諾する。

 それにしても迷宮なんて魔物が跋扈する場所に娘を送り出して大丈夫なんだろうか?


「じつは先ほどまで陛下に呼ばれて『大乱』についてのお話を伺っていたのだよ」

「あんたは『大乱の世』について何か知っているかい?」

「いいえ、存じません」


 今日の午後にナナシの姿で国王から教えてもらったが、サトゥーとしては知らない情報なので改めてニナ女史から説明してもらった。


「つまり、この世界のどこにいても危ない時代が始まったのさ。同じ危ないなら、それが迷宮の中だってアンタ達と一緒にいた方が安全だろう?」


 ニナ女史の言うとおり、オレの手の届く範囲なら迷宮の中でも危険なんて、まず無いだろう。

 それにゼナさん達のレベル上げもあるし、いっその事、クロで遭遇して支配人達と一緒にパワーレベリングした方が手間が少ないかもね。


 ――まあ、やらないけどさ。


「ご信頼に応えられるように安全には重々配慮いたします」

「頼んだよ、サトゥー君」

「大丈夫さ、伯爵。カリナ殿を傷物にしたら、サトゥーが貰ってくれるさ」


 ニヤリと笑うニナさんに、「ラカもいるから大丈夫ですよ」と二重の意味で安全だと伝えておいた。もちろん、負傷と貞操の事だ。


「それで王都での人材確保は上手くいかれたのですか?」


 オレは面倒だったのでノータッチだったが、ニナさん主導の下で文官や武官をスカウトしていたはずだ。


「ああ、アンタやリザ殿のおかげで、選び放題だったよ」


 なんでも、シガ八剣の筆頭ジュレバーグ卿を倒したリザに師事できるかもしれないと、平民や亜人の戦士や武官からの申し込みが殺到したらしい。

 さらに平民で外国人顔のオレが一代かぎりの名誉子爵どころか、永代貴族の子爵になれた事で、成り上がるチャンスだと思った文官や王立学院の優等生達が面接しきれないほど現れたそうだ。


「それは大変だったでしょう」

「そうでもないさ。面接前に試験で数を減らしたからね」


 待てよ――という事はサロンにいた貴公子達は未来の同僚なのかな?

 そう思ってニナ女史に尋ねてみた。


「ああ、あれは試験で落ちたくせにカリナ殿にまとわりついている顔だけのバカ息子共さ。カリナ殿にずうずうしい男のあしらい方を覚えさせる為の教材だよ」


 だから、鬱陶しかったら排除して構わないと、ニナ女史が嗤う。

 そこまで言われると彼らがかわいそうになってくる。


「そうだ、アンタはまだしばらく王都にいるんだろう? なら、陛下からムーノ伯爵家の王都屋敷の用地を戴く事になっているんだよ。アンタの新居用の土地もあるから、王都にいる間に見に行っておきな」


 ずいぶん急な話だと思って聞いてみたところ、下賜される土地が決まったのが今朝の事だったらしい。

 土地の管理人の手配はニナ女史が、土地の内訳はムーノ伯爵と決めたそうだ。


 図面を見せてもらったところ、この前の桜餅魔族が暴れて更地になった区画で、そのうちの半分ほどの敷地がムーノ伯爵に与えられたみたいだ。

 一つの区画の半分というと狭そうな印象を受けるが、ドーム球場三個分くらいの面積があるので十分広い。


 与えられた敷地の半分ほどの面積がムーノ伯爵邸予定地となっており、残り半分の面積が四分割されて重臣用と書かれてあった。

 重臣用のうち一つがオレに与えられるらしい。


 今のペンドラゴン邸は下級貴族用の小さな屋敷なので、貴族の客を呼んだりパーティーを開いたりできないので、ありがたく戴く事にしよう。

 貰ってばかりだと悪いので、ムーノ伯爵邸のへいと管理人用の小さな宿舎を建てる費用をオレが出す事にした。

 ニナ女史相手だと話が早くていい。





「サ、サトゥー、わたくしをエスコートしなさい」


 挙動不審に命令するカリナ嬢の後ろから、アリサが「お願い」と聞こえてくるような顔で拝み倒してきた。

 仕方ない、被保護者の後始末は保護者の責任だろう。


「はい、カリナ様、仰せのままに」


 カリナ嬢にキザな礼をしてから、彼女がつかみやすいように肘を突き出す。

 はじめは分かっていなかったカリナ嬢だが、エムリン子爵令嬢が耳打ちしてくれたおかげで伝わったようだ。


 カリナ嬢が真っ赤にそまった顔で、おずおずとオレの肘に手を伸ばす。

 手が触れるか触れないかくらいの微妙な組み方をされると、中学生の頃に戻ったような懐かしさを覚える。


「では参りましょうか」


 カリナ嬢をエスコートし、他の子達を率いて夜会会場へと向かう。

 今日は珍しいご馳走が色々と出るらしいから、今から楽しみだ。


「お、おい、アレ!」

「ど、どうしてペンドラゴン子爵がカリナ様のエスコートを?!」

「リナ様まで一緒とは……オノレ!」

「我が女神と愛らしい天使を両手にだと?!」


 エントランスホールを抜けるときに、カリナ嬢の出待ちをしていた青年貴族達が血の涙を流しそうな形相でこちらを睨み付けてきた。

 こちらに絡んでくる愚か者はいないようなので、睨むくらいはスルーしてやろう。

 若干、エムリン子爵令嬢狙いのヤツもいたようだ。





 王城内の夜会専用のホールへと向かう。

 夜会用の会場は王城内にいくつかあるのだが、今日の会場は初めて入る場所だ。


 近距離だが、ホール専用の駐車場までは馬車で移動した。


 ここからは術理魔法による浮遊ボードに乗って移動となる。

 送迎専用に動員されている魔法使い達がなかなか大変そうだ。


「きれ~?」

「花が光っているのです」


 浮遊ボードでの移動経路は花園の上を通る。

 この花園の花は内側から蛍のような淡い光を放っていて、非常に美しい。


「素敵、ですわ」

「綺麗」


 カリナ嬢とエムリン子爵令嬢の二人が感極まったように吐息を漏らす。

 せっかくなので花々の美しさにうっとりする二人に、「お二人の方がお美しいですよ」と定番の褒め言葉を贈っておいた。


 アリサとミーアから「ぎるてぃ」と言われたが、口説くわけでもないんだし、これくらいのリップサービスはいいじゃないか。


 浮遊ボードでの移動が終わり、青い絨毯が敷かれた回廊へと降り立つ。

 回廊を少し進むと、夜会会場の広大なエントランスホールへとつながっていた。


 会場は上級貴族用、下級貴族用、両者が交流できるセンターホールの三つに分かれている。


「いい匂い~?」

「素敵な香りなのです」

「良い香りですが、嗅いだことのない匂いの肉が交ざっていますね」

「ほんと~?」

「さすがリザなのです!」


 貴族達の香水の香りの向こうから流れてくる料理の匂いを、さっそく獣娘達が捉えたようだ。

 ……というか、リザはこの雑多な匂いの中を、タマやポチよりも正確に嗅ぎ分けられるのか。凄いな。


「ご主人様、あの、こちらの方が――」


 ルルに袖を引かれて、執事服の紳士がオレを呼んでいると教えてくれた。


 見覚えのある人だ。

 確か宰相の執務室で何度か見かけた事がある。


「ペンドラゴン卿、主人より書簡をお預かりいたしております」


 書簡というかメッセージカードを開いて中を読む。

 用があるから宰相の執務室まで来いという内容だった。


 はてさて、どんな用事があるのやら。



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