13-34.国王の依頼


 サトゥーです。立場が違えば視点が変わり、視点が変われば是とするものもまた変わってくるようです。上司に文句をつけていた先輩が出世したとたん、文句をつけていた上司と同じセリフを吐くみたいにね。





 光学迷彩スキルを有効にした状態で、国王の執務室にユニット配置で移動する。


 この部屋には国王と宰相の二人に加えナナシの衣装に身を包んだヒカルがいた。

 シガ八剣筆頭のジュレバーグ卿あたりが一緒かと思ったが、彼は隣室で控えているようだ。


 それは良いのだが、ヒカルが仮面やカツラを外していた。


 どうやら、自分が王祖である事を子孫達に話したようだ――って直接の子孫じゃなかったっけ?

 細かい事は別にいいか――。


 一応、「遠話テレフォン」で確認を取ろう。


『もう正体をばらしたのか?』

「うん、シャロリック君の面影があったから騙したくなかったんだよ……ごめんね?」


 それなら仕方ないか。


 それに、魔法や詠唱必須のスキルも使えるようになった今なら、さほど神経質に正体を秘匿する必要もないしね。

 もちろん、無闇に暴露して観光の妨げになるのは御免こうむるが。


 オレは光学迷彩を解除して、三人の前に降り立つ。


「やほー」

「王祖様が二人?!」

「こ、これはいったい?!」


 手を振るヒカルと違って国王と宰相はオレを見て動きを止めてしまった。


 あれ? オレとは別人だとバレていなかったのか?

 喋り方や態度がかなり違うだろうに。


 それにナナシに扮したミトと一緒のところをシガ八剣ヘイムに見られていたはずなんだが、まだ報告に来ていないのだろうか?


「最初から王祖とは別人だって言ってたじゃない? ボクは何度か訂正したよね?」


 オレの言葉に大きく反応したのは国王と宰相よりもヒカルの方だった。


「ぷっ、くくくっ、な、何その喋り方――もう、乙女ゲーの登場キャラじゃないんだから、普通に喋ればいいのに」


 笑いをこらえていたヒカルが、爆笑を始めた。

 いや、イントネーションはともかく、セリフはそんなに変じゃないだろ?


 何かヒカルのツボに嵌ったのだろうか?


 ま、いいか。これを機に喋りにくいナナシ口調をクロみたいな横柄口調に変更しよう。


「では口調を正そう。見ての通り、私とヤマトは別人だ。勇者ナナシは私とヤマトの二人三脚の存在と理解してもらおう」


 その後、幾つかの問答を行い、状況を国王と宰相に理解してもらえた。


 オレがシガ王国に叛意や野心を持っていない事を説明した時には「そのような事は心配しておりません」とステレオで怒られた。


 あと国王に敬語を使わない事を問題にしないのでこちらから聞いてみたところ、「王祖様が敬意をもって接される目上の方なれば、我々への配慮は不要」とざっくりと敬語を拒否された。

 今度はオレの事を「神の使徒」とでも誤解していそうな気がする。





「――勇者ナナシ様にお願いがございます」


 偽王騒ぎの一件に付いての報告が終わったところで、国王がそう切り出した。

 神の使徒と思われているせいか、王祖疑惑が晴れても「様」付けのままだ。

 なお、シン少年の名前や彼が存命なのは伏せてある。


 国王の依頼がビスタール公爵領の反乱鎮圧だったら断ろう。

 戦場なんかに行ったら、人間同士の殺し合いを見ないといけないからね。


「聞こう――」

「此度の『魔王の季節』がいつもとは違う事は我らも察しております。王祖様が『黄金の猪王』を退治された時代や、サガ帝国の初代勇者様が『鬼人王』と相対した時代と同じ、大乱の世が始まったのでしょう」


 ――国王、前置きが長い。


「これらの大乱の世では多くの大国が衰退し、身を守る術を持たぬ小部族や小国の多くが滅んだと歴史書にあります。我がシガ王国もナナシ様の助力がなければ、かつての大国と同様に滅亡の危機に瀕していたに違いありません」


 確かにその分析は正しいと思う。

 天竜やヒカルがいたから「黄金の猪王」くらいはなんとかなったと思うけど、狗頭の方はさすがに勝てなかったと思う。


「前置きはいい。本題に入れ」


 たぶん、国王はその「大乱の世」を乗り切る為に、勇者ナナシに王都に居てくれと言いたいのだろう。

 ユニット配置もあるし便利な魔法も自在に使えるようになった。

 観光をしながらでもシガ王国を守るくらいはできる。


 なにより、エチゴヤ商会もあるし、王都内に知人もできたしね。


 それに王都の桜鮭やオーミィ牛は美味かったし、王都の桜並木やレンゲ畑は見事だった。

 やっぱり観光資源はちゃんと保護しないとね。


「恐れ多き事ながら――」


 そう前置きして国王が話し始めたのは意外な内容だった。


 しばし、黙考した後、国王に確認する。


「――本気か?」

「はい」


 国王が巌のような顔で首肯し、さっきとは違う言葉でもう一度話を繰り返した。


「シガ王国を捨て置き、神託のあった地の魔王退治にご出発ください」

「確かに王都を襲った魔族達は始末したし、魔族の暗躍に一枚噛んでいた連中の排除は済んだが、王都が完全に安全になったわけではないぞ?」

「もちろん、楽観しているわけではございません」


 国王の横にいる宰相も、この決定に異論がないのか国王の一歩後ろで静かにオレ達の会話に耳を傾けている。

 一応真意を質しておこう。


「王ならば自国の利益を優先するものだろう? シガ王国を危険にさらす真意はなんだ?」

「“弱き隣国の苦難を救い、大陸の平和に尽力せよ”というのが建国以来の国是でございます」


 オレは建国に関わっていたヒカルに視線を送る。


「や~、あの頃は世界中がヒドイ事になってたんだよ。どの国も滅びかけで略奪や侵略が横行しててさ。そんなトコばっか見てたせいで、当時の仲間と建国のスローガンとか決めていた時にちょっと勢い余っちゃったんだよ」


 なるほど、口に出して後に引けなくなったパターンか。


「ご安心ください、ナナシ様。シガ王国にはシガ八剣やシガ三十三杖もおります。それに魔族や魔物相手の戦いになればミスリルの探索者達も活躍してくれるでしょう。他領の臣下になりますがペンドラゴン子爵と七勇士という新たな英雄達も王国が危機に瀕すれば助勢に参じましょう」


 おや? リザのお陰かサトゥー側でもそれなりに評価されているみたいだ。


「大丈夫だよ。わたしが王都に残るし、天ちゃんもフジサン山脈の上から見守ってくれているから、シガ王国の都市が壊滅するくらいの大被害を受けたら助けに行ってくれるよ」


 ――いやいや、壊滅する前に助けてやれよ!


 ヒカルの言葉に内心で突っ込みを入れる。

 まったく、マジメな話の途中でボケるのはやめてほしい。


「分かった。魔王退治の件は引き受けよう」


 遊びに行く前に観光地を更地にされても困るからね。





「そうだ! 毎回忍び込むのも面倒だから、この部屋までの通行許可証とかくれないかな?」


 そろそろ退出しようかという折に、ヒカルがそんな事を口にした。


「畏まりました。王祖様に爵位を……『大王』の地位で宜しいでしょうか?」


 国王がマジメな顔でヒカルに冗談を言う。


 宰相も笑顔だから冗談で間違いないはずだ。

 まったく、判り難い冗談はやめてほしい。


「え~、『大王』なんてヤだよ。単なる通行許可証でいいってば」

「で、ですが! 王祖様が無位無官など!」


 ふむ、無位無官がダメなのなら――。


「なら、ミツクニ公爵家をヤマトに渡せばいい」

「し、しかし、それは勇者ナナシ様に捧げた爵位でございます」

「構わん。エチゴヤ商会の取引時に名前だけ使わせてくれればいい」


 ミツクニ公爵の名で社交を行う気もないしね。


「いいの?」


 なぜかヒカルが上目遣いで尋ねてきたので首肯してやる。

 ミツクニ公爵家は元々ヒカルの為の爵位だったはずだ。遠慮する事なんてない。


「じゃ、おおやけにはわたしの事はミツクニ公爵夫人って呼んでね。名前はミトで宜しく」

「おめでとうございます、王祖様」

「では、本日の夜会で発表いたしましょう」


 ミトが嬉しそうに告げると、宰相と国王が笑顔で答える。

 少々、宰相の言葉に引っ掛かりを覚えたが、王祖スキーの宰相が変なのはいつもの事なので華麗にスルーした。

 これでヒカルが子孫達と気軽に交流できるようになるだろう。


 それはそうと、魔王騒ぎがあったにもかかわらず今晩の夜会は強行されるようだ。

 王都から家族を疎開させる貴族も多いようだから、王都に残る貴族達への慰撫も兼ねているのかもしれない。


 夜会の準備もあるので、オレはヒカルを連れてペンドラゴン邸へと帰還した。





 アリサはまだ体調が悪いのかベッドで眠ったままだ。


「やっぱり……」


 それを見たミトがポソリと呟いた。


「どういう事だ?」

「あの魔王が王城に巨大隕石を落とそうとしたのは知っている?」

「いや、知らない――」


 反射的に答えて、ヒカルが何を言いたいのか察してしまった。


「まさか、アリサのヤツ。その巨大隕石を転移魔法で排除したのか?」

「うん。ユニークスキルを使ったんだと思うけど、無茶すぎるよ。ユニークスキルを使い過ぎたらどうなるかサトゥーは知っている?」

「ああ……知っている」


 自分の声が震えているのを意外に思いながらも、理不尽な怒りが心の底から湧き上がってくるのを抑え切れない。


 もちろん、アリサが無理をしなければ王城や王都に甚大な被害が出たのは想像に難くない。

 当時、王都にいた人材で確実に巨大隕石を排除できる人材がアリサ以外に居なかったのも分かっている。


 ――だが。


 それでもオレはアリサにユニークスキルを使ってほしくなかった。


 魔王化するくらいならまだいい。

 シン少年のおかげで元に戻す手段も確認できた。

 普通に死んだくらいなら、公都のテニオン神殿で復活できる。


 だが、魔王化の先にある「魂の器」の完全崩壊は、魂の消滅だ。

 転生も蘇生も不可能な完全なる消滅――。


 それだけは決して容認できない。


「あ、あのご主人様、な、何か怒っていますか?」


 アリサの枕元にいたルルが怯えたような声を漏らした。

 被保護者を怖がらせるなんて保護者失格だ。


「大丈夫。怒ってないよ」


 ――ルルにはね。


 無表情スキルの助けを借りて怒りの表情を消し、やさしい口調でルルに告げる。

 そして、おもむろにベッドからアリサを抱き起こす。


「むにゃ?」


 抱き起こされたアリサが、ぼんやり眼でオレを見上げる。

 まだ寝ぼけているようだ。


 ストレージから右手に取り出した赤い瓶に軽く魔力を注ぐ。

 瓶のキャップを指で弾いて開けると、その中の液体を口に含む。


 そして、そのままアリサに口移しで液体エリクサーを流し込んだ。


「む、ふがぁあああ」


 突然、口移しでエリクサーを飲まされたアリサが、オレの腕の中でジタバタと暴れる。

 相変わらず、受身に回った時の耐性は低いようだ。


 ゆっくりとエリクサーを流し込む。

 もちろん、シン少年にしたように魔力治癒も同時に併用している。


 これは治療を兼ねたお仕置きだ。


 やがてアリサが抵抗を失う頃にエリクサーを流し終える。

 オレが手を離すと、アリサはズリズリズリッとベッドの背もたれまで後ずさって、細い腕で胸元をかき抱く。


 顔が真っ赤だ。


「え、え~っと、そ、そうだ! は、はじめては二人っきりがいいです!」


 アリサの方にゆっくりと歩み寄ると、首をすくめたアリサがそんな言葉を口にした。

 テンパっているのか、声が震えている。


 アリサの頬に手を添え、むにっと頬を摘む。


「ふがっ、いらひ」

「お仕置きだ。ユニークスキルの連発はダメだって言っただろ?」

「らって! 王城おうひょうの人達ひろらりがぺしゃんこになりそうだったんだもん!」


 アリサの言葉が聞きづらかったので、頬をむにむにしていた指を離す。


「それでもだ。自分の限界を超えて他者を救うのはやめてくれ」


 この世界には蘇生手段はあっても、砕けて消滅した魂を復元する手段はないんだよ。


「で、でも! それじゃ、わたしはわたしじゃなくなるもん! 救える力があるのに、見捨てるなんてできない!」


 涙目のアリサが熱い怒りの声をぶつけてくる。

 うん、アリサは相変わらず正義の味方向きの性格だ。実に尊い資質だと思う。


「だからさ、アリサ。救うなとは言っていない」


 そのアリサの瞳を見つめながら、オレは説得の言葉を続ける。


「限界を超えるなって言っているんだよ」

「ユニークスキルを使うなって事?」


 怒りに震える声でアリサがオレの真意を問う。


「そうだ。ユニークスキルは『可能な限り』使うな――」


 普段から乱発したせいで、魂が少しずつ痛んでいたら困る。


「――そして、ユニークスキルの連発は『絶対に』するな」


 沈黙したアリサがオレの言葉を黙考する。


「連発したら知り合いが助かるような状況でも?」

「そうだ」


 アリサの意地の悪い質問にオレは即答する。


「遺体さえあれば復活は可能だ。遺体が残らなくったって、科学と魔法の力で髪の毛や肉片からクローン体くらい作ってみせるさ」


 実現するのにどのくらい時間がかかるか判らないけど、ストレージに収納している間は経年劣化しないから最終的に成し遂げる自信はある。


「うん、分かった……」


 オレの想いが伝わったのか、アリサが小さな声で了解してくれた。


「……せる……」


 アリサがベッドから起き上がりながら、ぶつぶつと呟く。

 その声は少しずつ大きくなっていく。


「……強くなってみせる! ユニークスキルを使わなくても困難が乗り切れるくらい! ご主人様の横で理不尽を体現できるくらい強くなるわ!」


 いつもの調子に戻ったアリサが、ベッドの上で仁王立ちして宣言した。

 うん、実にアリサらしい。


「タマも強くなる~?」

「ポチだってマオーを『わんぱん』で倒せるくらい強くなるのです!」

「ええ、みんなで強くなりましょう」

「はい! わたしも頑張ります」

「ん、頑張る」


 扉の所から周りで成り行きを見守っていた子達もアリサの復活にあわせて、いつもの調子を取り戻してくれたようだ。


「マスター、目標レベルの設定は100で良いかと確認します」


 ナナが真面目な顔でそう告げた。

 それに答えたのは完全復活したアリサだ。


「甘いわよ、ナナ! 目標は310レベルに決まっているでしょ! 目標は高く! 最強を超える理不尽レベルを目指すのよ!」


 鼻息も荒く天井に向けて拳を突き上げたアリサに、他の子達がパチパチと拍手を送った。

 アリサがどんな無茶を言っているか理解しているヒカルだけが、苦笑いをしながら拍手をしていた。


 もうすぐ迷宮都市に帰れるし、向こうに戻ったら中層や下層の魔物相手にパワーレベリングを頑張りますか。


 でも、アリサ。


 オレの事を理不尽と何度も言うのはやめてほしい。


 ――実に遺憾だ。


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