13-33.魔王シン(3)


 サトゥーです。長編物語では全てが終わったかに見えた時ほど新しい困難が登場するものです。そんなシーンを読むたびに、新しい物語にわくわくするのと同時に波乱万丈な主人公達に同情したものです。





「クロではないか? そちらの半魔は土産か? 悪いが血の提供なら不要であるぞ?」

「違うよ、ちょっと相談ごとがあって来たんだ――」


 ここは迷宮下層にある吸血鬼バンの城だ。

 長い時を生きた彼なら、何か知っているかもしれないと思ってやってきた。


 アーゼさんの方が長生きだが、魔物関係なら彼の方が詳しいだろう。

 ヘラルオンの神官がいる王都地下のオークを頼る事も考えたが、隠れ住む彼らのもとへ見ず知らずの人族を連れていくのは仁義にもとるので候補から外した。


 オレは手土産の『レッセウの血潮』というワインの小樽を吸血姫に手渡しながら、シン少年の「瘴気中毒」の話を切り出した。


「そんな事であるか。リューナ、瘴気を抜いてやれ」


 無口な幼女吸血姫が昏倒したままのシン少年の首筋にカプッと噛み付いて、血の代わりに瘴気を吸い出し始める。

 ほんの30秒ほどで終わり、シン少年の「瘴気中毒」の状態が解除された。


 だが、それは――。


「――なんと、元に戻ってしまったであるか?」


 バンが驚いたようにオレが治癒魔法を掛けた時と同じく、再び「瘴気中毒」の状態に戻っていた。

 やはり、魔王化の影響はなかなか根強いらしい。


 失敗したと思ったのか、幼女吸血姫が再びシン少年から「瘴気中毒」を吸い出そうと首に噛み付いた。

 シンが苦しそうにしているので、魔力治癒スキルを使って彼の体に魔力を循環させて衰弱状態を緩和してやる。


「ねぇ、クロさんが来てるって――」


 パタパタと常夜城の廊下を走ってきたのは、新妻のようなフリフリのエプロンを付けた小鬼人族ゴブリン少女のユイカだった。


 ゴブリンと言っても醜いデミゴブリンとは違い、額から生えた小さな角以外は普通の人族と区別がつかないような容姿だ。

 ぜひ一度、ルルやセーラと一緒に並べてステージに立たせたい。


「あら? 新しいお客様――リューナ、瘴気を吸い出すのを止めるのじゃ!」


 ルルのように柔らかな表情だったユイカが、老練な戦士のような厳しい表情に変わる。

 多重人格なユイカの一番古い人格「白鬼王」ユイカ3号が表に出てきたのだろう。


 ユイカ3号の言葉には衝撃的な続きがあった。


「そのままでは、その小僧の『魂の器』が砕けるぞ!」


 やはり、魔物化と違って魔王化の悪影響を元に戻すのは一筋縄ではいかないようだ。





「その小僧の瘴気は魂の器が砕けかけている証左じゃ」

「ユイカ、どうやったらいいか分かるか?」


 一瞬でシン少年の状態を見抜いたユイカ3号に尋ねる。


「うむ……魂を直接修復できる方法は限られているのじゃ」


 思い出すように目を閉じて、ユイカ3号がとつとつと語る。


「天竜や古竜の作る竜泉に三日三晩浸かるのが良いと古文書にあったが、竜の谷の結界は人には越えられぬし、他の大陸まで足を延ばしたらこの小僧が保たん」


 ――ん? 竜の谷の結界が越えられない?


「かつて我と戦って器を壊した勇者がいたのじゃが、あの時はたまたま持っておった仙酒ソーマを飲ませて事なきを得たのじゃ」

仙酒ソーマは残っていないのか?」

「無いのう。あの時使ったのが最後の一本じゃ」


 苦しそうな息を吐くシン少年に魔力治癒を施しながら思考を巡らせる。

 ユイカは挙げなかったが、他の大陸に行くよりもフジサン山脈の天竜に頭を下げて竜泉を作ってもらえばなんとかなりそうだ。


 だが、ユイカ3号の話はまだ続くようだった。


仙酒ソーマは持っておらぬが、似たような効果のある薬のレシピなら知っておる」


 ユイカ3号が、得意そうに胸をはる。

 褒めてほしそうだったので、「さすがは白鬼王だ!」と称賛して続きを促した。


「血珠と幻霊酒で作る幻霊薬」


 残念、幻霊酒が無い。


「竜泉酒と精霊珠で作る竜丹」


 精霊珠か……たしか桜ドライアドから貰った桜珠が精霊珠の一種だったはず。

 これなら作れそうだ。


「竜丹ならなんとかなりそうだ」

「それは重畳じゃが、竜丹は器の修復よりも強化薬としての色合いが濃い。この小僧のような若輩者の場合、器の修復が終わる前に死んでしまうかもしれん」


 ――それだとダメじゃないか。


 そんな想いが伝わったのか、ユイカ3号が慌てて次の薬のレシピを教えてくれる。


「やはり一番確実なのは、万能の霊薬ともいえるエリクサーじゃろう」

「レシピは判るのか?」

「そう慌てるな」


 ユイカ3号が白い肌を桃色に染めながら、詰め寄るオレの額を繊手で押し返す。


「エリクサーの材料は少々やっかいじゃ」


 ユイカが指を一本立てて、一つ目の素材を語る。


「まず排他的なエルフ達の里にある『世界樹の樹液』が必要じゃ。まあ、これは入手不能じゃが、安心しろ。古木の樹液に賢者の石を浸した物を濃縮して代替品にできるのじゃ」


 大丈夫。「世界樹の樹液」ならトン単位でストレージにある。


「続いて重要なのが竜の骨、牙、角のいずれかの粉末を10グラムほど。成竜が望ましいのじゃが、この迷宮にいる年老いた邪竜のものでもいけるはずじゃから、後で一緒に取りにいくのじゃ」


 黒竜ヘイロンや天竜のがあるから、問題ない。


「それと大怪魚の銀皮から作った怪銀灰。あの化け物と戦うのは二度とごめんじゃから、こちらも繁殖期の怪魚やイッカクの銀殻を集めて作るのがよいじゃろう」


 銀皮か……。


「銀皮とはコレの事か?」

「な、何? ……そ、それじゃ! どうやって手に入れたのじゃ?!」


 前にリザやポチが悪戦苦闘していた銀色の肉片だった。

 やはり、ただの難食部位ではなかったらしい。


「他の品も用意できる。さっきの素材で全てか?」

「細々とした素材は幾つもあるが、入手困難な品は先ほどので全部じゃ」


 オレがユイカ3号からレシピを聞き終わったところで、さっきから口を挟みたそうな顔をしていたバンが声を掛けてきた。


「盛り上がっているところを悪いが、エリクサーなら持っているのである」


 そう告げてバンがアイテムボックスから赤い瓶を取り出す。

 AR表示でもエリクサーとなっている。


「『階層の主』を倒すと1割ほどの確率で戦利品の宝箱に入っているのである。古いものは効果が怪しいが、これは5年ほど前に出た物であるから大丈夫であろう」


 普通の魔法薬だと一年もしたら効果がなくなるらしいが、AR表示される情報からは劣化していないと思われる。


「使い道のない品ゆえ、進呈しよう」

「ありがとう! 助かるよ」


 バンから受け取ったエリクサーの蓋を開け、シン少年の口元に持っていく。

 ゆっくりと口に含ませると、ゆっくりと嚥下し始める。


 よかった……さすがに男に口移しはしたくなかったからね。


「ふむ、これで大丈夫なのじゃ」


 ユイカ3号の発言どおり、シン少年の状態が「瘴気中毒:軽度」に変わっている。


「後は2~3日安静に寝かせておけばよい。転移など周囲の魔素濃度の変化の多い事は避けた方が良いのじゃ」

「ならば、城の一室を提供しよう」


 バンの言葉に甘え、シン少年を城の侍女達に預ける。


 アリサ達が心配しているだろうから、先にシン少年が助かったと「遠文ショートメッセージ」の魔法で伝えておく。





「そういえばクロ、それは新しいマスクか?」


 ユイカ3号が首を傾げながら、オレの顔を見つめる。


「外人俳優顔よりは前みたいな地味な日本人顔の方が好みじゃぞ」


 おっと、前に来たときはクロと名乗っていたが、その時は日本の仕事仲間の顔を使っていたのを忘れていた。

 あれ? そういえば、バンや吸血姫達は違う顔なのに前と同じ反応だったのはどうしてだろう?

 疑問に思ったので直接尋ねてみた。


「我ら吸血鬼は血の匂いで見分けがつくのである」


 なかなか吸血鬼らしい答えが返ってきた。


「それに我らを謀ろうというならともかく、見た目が違うくらいでめくじらを立てるような狭量な者は我が眷属にはおらぬ」

「そうじゃな、人族と我らでは生きるタイムスケールが違うゆえ、会う度に容姿や性格が変わるのは普通の事じゃしな」


 バンの男前の言葉に、ユイカがうんうんと頷く。

 なかなか懐深い。


 実際のところ、迷宮下層に引きこもる彼らにオレの素顔を晒しても問題はない。

 彼らがオレの力を利用して何か悪事を企む事もないだろう。

 城のメイドさん達もいるが、解雇した場合でも常夜城で見聞きした事を話さない「契約コントラクト」を交わすと言っていたから大丈夫なはず。


 ――良い機会だ。


 オレはそう考えて、クロの仮装を解除する。


「これが素の状態だ。本名は鈴木一郎だけど、こっちでは主にサトゥーという名前を名乗っている」

「ほう、ずいぶん若いのであるな」

「うむ、ヒゲの痕跡も無いツヤツヤの肌とは素晴らしいのじゃ」


 せっかくの公開だったが、反応はイマイチだった。


 バンはともかく、ユイカ3号の評価がおかしい。

 もしかしたら、アリサと同様にショタ好きなのかもしれない。


 オレの視線に気が付いたのか、オレの身体をぺたぺた触っていたユイカ3号が「こ、これは違うのじゃ!」と叫んで飛び離れた。

 アリサのセクハラに慣れたせいか、「気にしなくていいよ」と告げてバンに向き直る。


「そうだ、さっきはエリクサーをありがとう。お陰で助かったよ」

「構わん。先ほども言ったが、我ら吸血鬼にとっては猛毒ゆえ使い道がないのだ」


 ゲームのアンデッドが回復魔法でダメージを受けるような感じなのかな?


「それよりも、さきほど銀皮を持っておったが……まさか、大怪魚トヴケゼェーラと戦ったのであるか?」

「ああ、黄色い上級魔族がオーユゴック市の上空に召喚したのを退治した」


 オレが首肯しながら答えると、バンとユイカ3号が動きを止めた。


 しばらくして、壊れた人形のような動きでユイカ3号が口を開く。


「あ、あの大怪魚トヴケゼェーラを退治じゃと? 天竜や神々でも味方に付けたか――いや、あのレベルなら可能か……」

「ああ、光魔法で――」

「魔法じゃと? あの空中要塞を落とせる程の禁呪となると出現した都市ごとか……サトゥーはなかなか凄惨な戦いをしてきたのじゃな……」


 慈母のような表情になったユイカ3号が優しくオレの顔を胸元に掻き抱く。

 しぐさは母のようだが、少々ふかふかさが足りない。


「オーユゴック市というと公都であろう? 公都に戦いの傷跡など皆無だったのである」

「なん、じゃと? 我をたばかったかサトゥー?」


 バンが訝しげな呟きを聞いてユイカ3号が、ガバッとオレから身体を引き剥がした。


「嘘じゃないよ。地上に被害が無い様に、空に向かって撃ったからね」


 禁呪じゃなくて中級の光魔法だったけど、それは黙秘しておいた。


「そうであったか、疑って悪かったのじゃ」

「気にしなくていいよ」


 素直に謝るユイカ3号の謝罪を受け入れる。


「そんなわけで大怪魚トヴケゼェーラの素材なら大量にあるから、何か必要なら提供するよ」

「では銀皮と外皮、皮下脂肪を少々分けてほしいのである」


 オレの提案にバンが乗ってきたので、どのくらい必要か聞いてみた。


「いいよ、何トンくらいいる?」

「銀皮は砥石に使う程度なので、先ほどの一欠けらで十分。外皮は吸血姫達の防具を作れる程度の面積が欲しい。皮下脂肪は鍛冶の燃料錬成に使うので、よければ500キロほど所望したいのである」


 ……控えめなヤツだ。


 全長300メートルの巨大生物の素材なので、未だに7匹中1匹目の一パーセント未満しか消費できていないので、もっと要求してくれてもいいのに。

 せっかくなので、クジラ肉も10キロほど提供しておく。


「エリクサーの対価にしては貰いすぎであるな……アイテムボックスのエリクサーを全部貰ってほしいのである」

「いや、ユイカ達には使えるだろ?」


 ホクホク顔のバンが追加のエリクサーをやると言い出した。


「そうだ、3本ほど貰えるかな? 一番古いのと新し目の奴を混ぜてくれると嬉しい」

「お安い御用なのである。一番古いのが250年前であるな。それ以前の物は破棄してしまったので残っておらんようだ」


 ユイカからエリクサーのレシピを教えてもらったのだが、自作品と迷宮産の物との性能差を確認したかったのでありがたく頂戴する事にした。





「ユイカも何かいるか?」


 ユイカ3号が情報をくれなかったら、今頃シン少年を死なせていたかもしれないしね。


「普通の巻き寿司――」

「すまん、夕顔の実は手に入れたんだが、加工方法が判らずに手を出しかねている」


 前にムーノ領に行ったときに、かんぴょうの素材になる夕顔の実をゲットしてある。

 ルルやボルエナンの里の日本料理研究家のネーアさんにも渡して研究してもらっているが、オレやアリサの記憶が曖昧なので、今の所芳しい結果は出ていない。


 なお、高野豆腐モドキやキュウリはルルが王都の市場で入手してくれた。


「残念じゃが、我もレシピは知らんのじゃ。我に糠漬や日本料理を教えてくれた勇者ワタリあたりが生きておったらかんぴょうの作り方も知っておったかも知れんが、120年前にオッサンじゃったアヤツが生きておるとも思えんしなぁ」


 ――ん? ワタリ?


 年代が少し合わないが、ルルの曽祖父のワタリ氏の事だろうか?

 もっとも、それが事実だったとしても、ルルに調理レシピが伝わっていないので意味がない。


「いっそレアな『過去見』スキルや『逸失知識』スキルでもあれば失われた過去の技術も手に入るんじゃがなぁ……」


 ユイカ3号がそう呟いて嘆息する。


 王都に戻ったら、それらのスキル持ちがいないか検索してみるか。

 もしヒットしたらラッキーだしね。


 巻き寿司を用意できなかった詫びに、ストレージに作り置きしていたピザやハンバーガーといったパーティー料理を提供する事にした。

 バンも無事にトマトを入手できたらしく、城の料理人が出してくれた料理にもトマトが使われていた。


「やっぱり、サトゥーのピザが一番なのじゃ」

「うむ、我が城の料理人よりも一日の長があると認めるしかあるまい」


 ユイカとバンの言葉を聞いて、部屋の隅にいた料理人のお姉さんが悔しそうに手を握り締めるのが見えた。

 オレは縮地で近寄り、彼女にレシピを手渡す。


「……な、情けは無用です」

「情けじゃないよ。このレシピは――挑戦状かな? 次に遊びに来たときにこのレシピで作るのより美味しいピザを期待している」


 商売ならレシピを秘匿する意味もあるけど、オレとしてはレシピを伝える事で色々なバリエーションに発展してくれる方が嬉しい。

 料理人のお姉さんがレシピを豊かな胸に抱いて「必ず、サトゥー様を唸らせる皿を用意してみせます」と約束してくれたので、次に遊びに来るのが今から楽しみだ。


 ついでに彼女にも夕顔の実を幾つか渡しておく。

 研究熱心な彼女なら、オレ達に見つけられなかったかんぴょうのレシピを発見してくれるかもしれないからね。


 さて、あまり長居しても迷惑なので、バンとの将棋勝負はシン少年を迎えに来る三日後と約束して王都へと帰還した。





 ペンドラゴン邸にはヒカル以外が揃っていた。

 ヒカルはまだ王城の陛下の執務室にいるようだ。


 なぜか、アリサがベッドで横になっている。


「あれ? 風邪でも引いたのか、アリサ」

「うい、なんか熱が出てね……」


 アリサの状態は「病気」になっていなかったので風邪の引き始めだろう。

 氷嚢を頭に置いたアリサが辛そうにしているので、水魔法の「病気治癒キュア・デシーズ」を使ってやる。


「ふぃ~、あいがと。ちょっち楽になったわ。少し寝るね」

「ああ、お休み。帰ってきたら、おかゆでも作ってやるよ」

「おかゆよりも、ひやしあめ・・・・・が良い~」


 渋いリクエストだな。

 大学祭の出店で作ったきりだけど、生姜と蜂蜜と水飴で作れたはずだからなんとかなりそうだ。


「分かった。美味しいのを作ってやるよ」

「うん、まってゆ」


 そう呟いたアリサが眠りに落ちる。

 まだ少し辛そうだったので別荘の厨房で作ったひやしあめをアリサの枕元に届けたあと、ナナシの格好で王城へと向かった。


 この時、オレはシン少年のした王城へのメテオ攻撃や、アリサがユニークスキルを乱発する荒業でそれを防いだ事を知らなかった。

 ……オレがそれを知ったのは王城での用事を済ませた後、だった・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る