13-17.王都見物、下町編(3)


 サトゥーです。酒の席で「人は見たいものだけを見る」と上司が力説していたのを覚えています。酔っていた時は適当な相槌を打って聞き流していましたが、意外に含蓄のある言葉かもしれません。





 創作料理店の日本食は見た目が悪いものの味自体は悪くなかった。


 揚げ物が妙に黒々としているのはあまり油を替えていないからだろう。

 偶になら良いが毎日だとコレステロールがヤバイ事になりそうな感じだ。


 ある程度食事が進んだところで、店の入り口から新しい客が姿を現した。


「おい、ユイ。こんな場末の食堂が本当に美味いのか?」

「う~ん、美味しいかどうかは知らないけど、評判なんだってさ」


 最初に入ってきたのはぽっちゃりと太った黒髪の少年。

 痩せていればアイドルとして通用しそうな美形だ。むしろ二次元の乙女ゲーに出てきそうな耽美な感じと言った方が伝わりそうだ。


 そして黒髪の少年と腕を組んで入ってきた少女は顔見知り――メネア王女の国で召喚された南日本連邦出身の自称アイドル、ユイ・アカサキだ。


 AR表示によると、横にいる黒髪の少年は学院で殿下と渾名されているソウヤ少年らしい。

 彼が「自由の光」の連中が言っていた「殿下」かどうかを見極めるため、近いうちに会いに行こうと思っていたので好都合だ。

 スキルや称号に問題がないのはマップ検索で確認済みだが、本人に直接会って確かめておきたかったのだ。


「あ! サトゥーさんにアリサじゃん!」

「おひさ~」


 幸せそうな顔で手を振るユイにアリサが手を振り返す。


 そのユイの表情が曇った。


「どうしたのサトゥーさん、貧乏そうな服着ちゃって! もしかして事業に失敗したの?」


 どうやら、オレ達の衣装を見て誤解したらしい。


「ユイの知り合いか?」

「う、うん」

「仕事が無いなら、うちで世話してやる。力は無さそうだが、商人をしていたなら帳簿仕事の一つもできるだろう。そっちの獣人や子供も雑用をするなら飢えぬ程度の食事を与えてやる」


 すごく偉そうだが、意外にソウヤ少年は面倒見の良いタイプのようだ。

 アリサから弱い者イジメをするような子だと聞いていたから先入観があったが、普通に良いヤツなのかもしれない。


 アリサ達が微妙な顔をしているので、そろそろ彼の独演会に割って入ろう。


「親切はありがたいけど、仕事は十分足りているんだ――」


 今でさえ24時間どころか28時間連続勤務なんだから、これ以上の仕事は不要だ。


「何、ユイの知り合いだ。遠慮は無用だ」

「今日はお忍びなんだってば。ほら、これ見て」


 アリサがオレの胸元から、貴族の銀色のタグとミスリルの探索者証を取り出す。


「なんだ? 銀色――し、子爵?!」


 ソウヤ少年がタグを見て愕然とした顔で叫ぶ。

 上級貴族が平民の格好で大衆食堂にいるとは思わないよね。


「すまない。君をからかうつもりは無かったんだが、切り出すタイミングが無かったんだよ」


 ちょっと悪い事をしてしまった気分で、彼に自己紹介をする。


「はじめまして、サトゥー・ペンドラゴン子爵だ。君の名前を尋ねてもいいかな?」

「ソ、ソウヤ。姓は故あって名乗れない、です。名だけで許してほしい」


 シガ王国の場合、庶子がソウヤ・シガって名乗ったら、牢屋行きか病死扱いで処分される。

 そこに人懐こい顔でユイが間に入ってきた。


「ごめんね、サトゥーさん。うちのダーリンってば、誰にでも偉そうな態度だけど、悪いヤツじゃないから許してやってよ」

「気分を害したりしていないよ。恋人の顔見知りというだけで仕事の斡旋なんて、そうできる事じゃないからね」

「えへへ~、恋人じゃなくて婚約者なんだ~」


 そういえばアオイ少年からそんな話を聞いた記憶がある。

 あの時は「13歳の小娘に惚れるとか、ロリコン男に違いない」と思ったが、本人が14歳なら問題ないだろう。


 ユイが恥ずかしそうに口元を隠す。

 その手には小粒のダイヤの嵌った指輪が輝いている。


「うわっ、露骨な指輪アピールやめてよ」

「えへへ、いいでしょ~。これってダーリンが作ってくれたんだよ」


 ――ほう?


 技術は拙いがなかなか洒落た指輪だ。

 貴族や豪商相手の宝飾店に並べるのは無理だが、十分に売り物になるレベルがある。


ミケ・ランジェロ・・・・・・・・のペンダントを見る機会があったからな。その模倣をしたまでの事だ」


 そういえば「ミケランジェロ・・・・・・・」名義で似たようなペンダントを作った記憶がある。

 ソウヤ少年の発音が少しヘンだったが、指摘する程の事でもないだろう。


「将来は宝石職人としての頂点を目指すのかい?」

「……それは、無い。俺は、いや、私は至尊の地位を目指さねばならない、のだ。それが、母の……」


 ソウヤ少年の苦しげな言葉は、後半になるほどに力を失う。たぶん、「私は」の後が聞こえたのは「聞き耳」スキルのあるオレだけだろう。

 彼にも色々と背負っている背景がありそうだ。

 もっとも、首を突っ込む気はないので、生暖かく見守るだけにしておこう。


 オレがどう話題を変えようか迷っていると、店外に一台の馬車が止まった。

 下級貴族が好んで乗るようなやや派手な装飾の馬車だ。


 御者服の目つきの鋭い男が店の入り口から顔を出し、値踏みするように店内を見回す。

 問題ないと判断したのか、店外で待たせていた貴人を招きいれた。


 ふわりと花の香りが広がりそうな桃色の髪を揺らし、可憐な少女が明るい店外から足を踏み入れた。

 白いドレスは足首までの長さで、裾からはブーツのつま先が覗いている。

 TPOを弁えていない格好に見えて、下町に来ることは意識していたようだ。


「へー、ここが日本食のお店ですか?」

「ええ、アオイの口に合うと良いのだけれど」


 後から入ってきた少女のような少年が興味深そうな目でキョロキョロと店内に視線を巡らせる。彼は我がエチゴヤ商会の研究員であり、先ほどのユイと同様に異世界へと召喚された日本人の一人――大倭豊秋津島帝国出身のアオイ・ハルカだ。


 ようやく目が慣れたのか、桃色の髪の貴人――メネア王女の桃色の瞳がオレを捉え、嬉しそうに小走りで近寄ってきた。


「まぁ、サトゥー様!」

「ご無沙汰しております。メネア王女」


 周りの子達はメネアの唐突な出現についていけてないようだ。


「まぁ、メネアと呼び捨てになさって」


 距離感のおかしいメネア王女がハシッとオレの手を両手で包み、グイグイと迫ってきた。

 漫画だったら虹彩がハートマークに変わっていそうな秋波を感じる。


 このままだとアリサとミーアからギルティ宣言されてしまうので、やんわりと彼女を引き離した。


「――メ、メネア。久しぶりだな」


 オレの代わりに彼女を呼び捨てにしたのはソウヤ少年だ。

 メネア王女に好意を持っているのか、恋する少年のようなテンパリ方をしている。


 ユイは面白くなさそうな顔をしているが、ソウヤ少年を窘める気はなさそうだ。


「貴方に呼び捨てを許した覚えはありません。一度目はサトゥー様に免じて不問に致しますが、次は然るべき対処をさせていただきます」


 ――こわっ。


 メネア王女はオレの知る彼女と同一人物とは思えないほど冷たい表情と声でソウヤ少年を拒絶した。

 ソウヤ少年が蒼白な顔でガクガクと首を縦に振って非礼を詫びている。


 メネア王女は顔は良いが性格に色々と難があるので、ソウヤ少年はユイとの純愛に生きてほしい。





 食事を済ませてすぐに食堂を立ち去るつもりが、アオイ少年の悩みを一緒に聞いてやってほしいとメネア王女に懇願されて食堂の奥にある個室に連れ込まれてしまった。

 メネア王女に迫られないように、ユイやソウヤ少年、それからアリサの三人も巻き込んである。


「もう、どうしていいか……」


 アオイ少年がテーブルを見つめて呟く。


「ねぇ、結局何を悩んでるの?」

「エチゴヤ商会の先輩にイジメられてるなら、あたしがとっちめてやろうか?」


 アリサとユイの二人がアオイ少年の顔を覗き込んで話しかけた。

 テーブルの上の甘味に舌鼓を打ちながらなので、少々真剣味に欠ける。


「違うんです。明後日までに発明品か事業展開のアイデアを出せって支配人に言われているんですけど、良い案が出なくて困っているんです」

「発明品ならいくらでもあるっしょ?」


 アリサが首を傾げる。

 どうやらアオイ少年は気負いすぎて煮詰まるタイプのようだ。


「そうだ! アオイ、スマホ作ってよ、スマホ。魔法で動くやつ!」

「無茶言わないでよ。スマホとか通信機器はダメだって言われちゃったんだ。あと鉄道とか車もダメだって」

「どうしてさ?」

「遠距離通話や大量輸送は神様の禁忌に触れるからダメだってクロ様が言ってたんだよ」

「え~、神様もケチね~」


 アリサは二人の会話に加わらず、テーブルを回り込んでオレの横に座ろうと寄ってきたメネア王女を牽制するようにオレの膝の上に居場所を築いた。


 アリサ――人の太腿を気軽に撫でるな。


「車というとゴーレム馬車とかの事かい?」

「いえ、分からないかもしれませんが、内燃機関と言って油を燃やして走る車の事です」

「なるほど。火事になったら危ないからね」

「……え、ええ」


 アリサのセクハラを阻止しながらアオイ少年の言葉に現地人らしい返事をしておく。


「ねぇ、ポンプとかは?」

「ポンプって水を汲むやつ?」

「そう、それ」


 アリサの言うポンプは人力で動かす手押し式の物の事だろう。

 シガ王国の井戸は釣瓶を使っているので、ポンプがあるだけでかなり省力になるはずだ。


 結構良い案だと思ったのだが、アオイ少年は首を横に振った。


「ダメですよ。王都には水道がありますから……」


 アオイ少年の言う通り王都には上下水道が完備されている。


 だが――。


「別に王都で売らなくてもいいじゃん」

「そうそう。王都以外には上水道なんて無いんだから、爆発的に売れると思うわよ」


 ユイやアリサの言うように、農村なんかでは重宝されるはずだ。

 今までの転生者達が普及させていなかったのが不思議だが、さすがにポンプが神々の禁忌に触れる事はないだろう。


「――そう、でしょうか?」

「良さそうなら提案してみたら?」

「ダメもとでいいじゃん」


 ユイとアリサに励まされて、アオイ少年もやる気になったようだ。


「発明か……アオイとやら、キサマもユイと同郷なのだろう?」


 何か考え込んでいて空気だったソウヤ少年がアオイ少年に問いかける。


「は、はい――って、喋っちゃったのユイちゃん」

「うん、ごめんね。ダーリンに秘密は作りたくなかったのよ」


 秘密を暴露されたアオイ少年がユイに詰め寄るが、ユイは軽い感じで謝罪の言葉を口にする。あまり悪いとは思っていなさそうな顔だ。


「ソウヤさん、できれば僕達の出自は秘密にしていただけると――」

「分かっている。ユイを実験動物のような目に遭わすつもりはない」


 ソウヤ少年がキッパリと断言したので、ようやくアオイ少年も安堵の吐息を漏らす。


「さて、話を戻すが同郷ならば『いんすとたん・・・・・・』とか言う、湯を注ぐだけですぐに食べられるようになる魔法の食品があったのだろう? それを作ったらどうだ? 軍に伝手があれば販路にも困るまい」

「いん――インスタント・ラーメンとか固形スープみたいな物の事ですか……乾麺や粉末スープならできそうですね。一度、そちらも支配人にプレゼンしてみます!」


 なかなか目の付け所が良い。

 ソウヤ少年が路頭に迷ったらエチゴヤ商会にスカウトしよう。


 ついでに、ちょっと情報を補足してやろう。


「乾麺ならオーユゴック公爵領のスウトアンデル市で見かけた事がある。取り寄せてもらったら参考になるんじゃないかな?」

「ありがとうございます、サトゥーさん。帰ったら聞いてみます!」


 アオイ少年の元気が戻ったようで良かった。





「アオイが元気になったのはサトゥーさんのおかげです! なんとお礼を言ったらいいのか」

「いえいえ、私は何もしていませんよ」


 感激したような顔でメネア王女が迫ってくるが、オレは最後に参考情報を付け加えただけで実質何もしていない。功績はオレ以外の三人にあると思う。


「そんな事はありません! そうですわ! 花見に参りませんか? 王立学院の女子寮のお庭から城桜がよく見えるんです」


 メネア王女の提案に真っ先に乗ったのはユイだ。


「花見か~、いいね! メネア様、私とダーリンも一緒に行っていいですか?」

「……し、しかたありませんね。ユイがどうしてもと言うなら許可――」

「桜は――嫌いだ。俺は行かない。ユイが行きたいなら行ってこい」


 ユイに明るくお願いされてメネア王女が折れそうになるが、それを重い雰囲気のソウヤが断る。


「――ダーリン? 待ってよ。帰るなら一緒に帰ろ。ごめんね、メネア様。花見はまた今度で」


 出口に向かうソウヤ少年をユイが慌てて追いかける。


「メネア王女……もう白髪の孤児には近づくな。あいつは何か――不気味だ」


 出口をくぐるときに、ソウヤ少年が忠告とも陰口とも取れる言葉を残していった。





 メネア王女に誘われた花見はミーアを見つけた女子寮の子達の乱入で、なかなかカオスなパーティーになってしまった。

 酒も入っていないのに脱ぎだすテンションにはついていけなかったので、夜会の準備があると言い訳して抜けさせてもらった。


「オレはエチゴヤ商会むこうの用事を終わらせてから行くから、皆は準備が終わったら先に夜会に向かってくれ」

「へっ? 待ってるわよ」


 着替える手を止めて不思議そうな顔をするアリサに用事を頼む。


「夜会の前にカリナ様の様子を見てきてほしいんだ」

「いいけど、カリナサマを心配するなんて珍しいわね」


 主家の姫を気遣うのは別に変じゃないと思う。

 せっかくカリナ嬢に友達ができるかもしれない出会いの場なのだから、物怖じしないアリサ達に架け橋になってもらいたい。


 オレが一緒だと縁談を持ってくる貴族達に囲まれるので時間をズラしたいのだ。


「じゃ、任せたよ」

「おっけ~」


 オレは手を振って部屋を出ようとして立ち止まる。


「そうだ、アリサ。夜会の後でちょっと話があるから、昨日みたいに電池が切れるほどはしゃぐなよ」

「もしかして、YO・TO・GI?」


 ひゃほ~い、と勝鬨を上げるアリサに一抹の不安を感じつつ、オレはエチゴヤ商会へと向かった。



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